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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
会報「戦場体験史料館つうしん」11号より、史料館・電子版のイメージをお伝えします。
「つうしん」にはイメージ画像も掲載されています。

千人いれば千人の戦場体験があります。膨大な戦場体験記録は「戦地」と「時期」で分類します。

●「戦地」:11区分
①本土
②千島・沖縄
③満州・朝鮮
④中華民国
⑤台湾
⑥仏領インドシナ・タイ・英領マレー・蘭領東インド
⑦ビルマ
⑧フィリピン
⑨ニューギニア・ソロモン
⑩太平洋
⑪シベリア

●「時期」:4区分
①日中戦争開戦前
②日中戦争開戦後~太平洋戦争開戦前
③太平洋開戦後~敗戦
④敗戦後

メニュー画面では、全ての証言記録を区分ごとに並べて表示します。
縦軸と横軸に「戦地」と「時期」をとった一覧表に、体験者の方のお名前が表示される形です。

この一覧表から、それぞれの方の証言概要が記載された「個人ページ」につながります。

個人ページの内容は、次のような情報になります。
①証言者:お名前、生年月日、当時の本籍地(都道府県)、陸軍・海軍・民間等の別、所属部隊、兵科、兵種
②証言資料:取材日、映像記録の概要、受領資料の一覧
③参考資料:地理情報や年表等
④証言内容:証言概要、最終階級

8月の開館当初に公開するのは、証言者のプロフィールと証言概要が中心です。
今後この個人ページに実際の証言映像や各種資料を順次追加し、充実させていきます。

まず第1弾として、昨年9月の「元兵士・戦場体験・百人展」で展示した方々のページを公開します。
開館の折には、それを実際の画面でご覧いただき、完成形を思い浮かべていただきたいと思います。
当ブログがしばらく個人プレイを続けていた間も、保存の会は、戦場体験史料館・電子版の開館に向けて動き続けていました。
会報「戦場体験史料館つうしん」11号は、もうお手元に届いているでしょうか。

「つうしん」11号の中でも、戦場体験史料館設立の「元兵士からの呼びかけ」の呼びかけ人、賛同人を募っています。メーリングリストには、特に賛同の呼びかけが流れていました。
元兵士・軍属・戦地の住民の方等、戦場体験者の方は「呼びかけ人」として、若手世代は「賛同人」としての登録を、ぜひお願いします。
8月10日までに、つうしんと同封されている登録ハガキ、FAX、Eメールのいずれかでご連絡ください。
会員以外の方で、ご興味をお持ちの方は、戦場体験放映保存の会事務局までお問い合わせください。

特に、若手「賛同人」の登録が進んでいないようです。
会員であれば自動的に登録されるというものではありませんので、改めて意思表示をお願いします。
かく言う私も、今度史料館に打ち合わせに行くときに、登録ハガキを持参しようと思います。

以下、メーリングリストより転載します。

◆◆◆

現在8月15日の「戦場体験史料館・電子版」公開に向けあらためて「元兵士からの呼びかけ(「戦場体験史料館」設立呼びかけ)」の呼びかけ人、賛同人を募っています。

全文は文末の通りですが、2005年8月15日にこの原型となる最初の「元兵士からの呼びかけ」を発表、日比谷やキャラバンなどで少しずつその時点での課題を盛り込んできました。

今回あらためて呼びかけ人を募るのは、この史料館がただ戦争の資料を集めたという事ではなく、体験者達自身が後世に向けて遺したメッセージであることを(つまりは誰が作った史料館かと言うことを)1人でも多くの体験者が参加できるうちに明確にしておきたいと思ったからです。

一方で総会前の会議の折、現時点でも「『語ってから死のう』の呼びかけを中心に据えよう」という意見が体験者ご自身に多く比較的原文と近いものとなりました。

文章の性質もあり、呼びかけ人(体験者世代)は全国から集まっているのですが、賛同人がその三分の一ぐらいの現状です。
体験者の史料館には違いありませんが、ここから数十年も経てばそれに力を併せた、それを応援した人びとがいたという事も大切なメッセージになります。
ボランティアメンバーでも登録していない方が多いので(言うまでもなくと思っている方も多いと思うのですが、勝手に載せる訳にはいかないので)直接のご連絡を宜しくお願いします!!

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元兵士からの呼びかけ
(「戦場体験史料館」設立呼びかけ)

 皆さん、私達は先の大戦の第一線から帰還し、未だに生き延びている無名の元兵士です。
 突然ですが、是非お訴えをし、協力をお願いしたいことがあります。

 ちょうど八年前、戦後六十年を迎えたときのことでした。
 多くの想いと共に、私達の戦場体験がもう直ぐ消えてしまうのではないか、あの悲惨さを知る私達は、何も語らずに死んではいけないのではないか、と気付いたのです。
 僭越ながら其れを話し合った私達は、戦場を知る仲間達に一人でも多く呼びかけてみようと思い立ちました。

 今年は、戦後六十七年になります。
 戦場からの帰還兵は三百十万人。八年前には四十万人と推定できた健在者ですが、その後の詳細は、「昔のこと」と言われ、すっかり分からなくなりました。
 「語ってから死のう」。
 此の合言葉に応えてくれた、兵士・軍属・民間人を含む仲間、二五〇〇余。その戦場体験を、永久保存版として録画版、手記、絵画などに記録することができました。戦争体験のない若い人達が、ボランティアとして呼びかけに協力してくれています。

 戦場体験を遠い昔の悲劇と片付けてしまうのではなく、子や孫や、其の先の世代の人に、私達の時代を考えて貰うための大事な歴史として遺したいのです。
 思いを共にする老若の力を合わせ、仲間達の体験をそのまま無編集で保存する「史料館」を設立するに至りました。
 「史料館」は、戦場に駆り立てられた私達の、生身の体験談の集積であります。十人居れば十人の体験が有ります。私達は、最終的には「史料館」に十五万人の戦場体験を収納することを目標におきます。

 是非、あの戦場体験を共有する皆様。一人でも多くの方の体験をお寄せ下さい。ご連絡をお待ちしております。お知り合いの兵士の皆様、そしてご遺族の方にも呼びかけて下さい。
 また此の呼びかけをお知りになった若い方々も身近な兵士の所在をご連絡下さい。

 念のためのためですが、私達はどんな立場の方も、どんなご意見の方も、思想信条は別にして、ただ戦場体験を遺そうという一点だけで手を繋ぎあう「無色」で事に当り、全ての行動の資金は皆様からの会費とカンパだけを頼りに「無償」で実施しております。
 このこのようにして歴史を正確に後世に遺しておきたいと願っております。
 最後に皆様のご活躍とご健康をお祈り致します。

二〇一二年八月十五日

 呼びかけ人
  戦場体験放映保存の会・元兵士の会
   ○○○○(今回登録頂いた皆様の御名前を列記致します)
 賛同者
  戦場遺族の会・孫の会
   ○○○○(今回登録頂いた皆様の御名前を列記致します)
祖母の葬儀より戻ってまいりました。
パソコンを開く余裕などほとんどなく、携帯電話さえ人の入らない裏手に置きっぱなしという状況の中、短くとも何か書くのは、毎日更新継続していたからでしょう。
さすがに、祖母のこと以外を書くのは心理的に無理で、ブログがただの孫の日記になっていました。(「ただの」というには、むしろ祖母や家族から異論がありそうですが。)
これも一つのリアルタイムの記録ではあるでしょう。

これからまた通常に戻りますが、今後祖母の話もつぶやきとして出てくるようになるのではないかと思います。
祖父が満州に行って間もなく、生まれたばかりの父をつれて祖母が会いに行ったことがあったらしいのですが、そういうことについても、また落ちついて聞きに行かねばなりません。そういう話を直接祖父母から聞いたのは、おそらく父だけだと思いますので。
戦場体験者の子どもの世代も、できるだけ早く聞かなければならない年齢になってきているのを感じます。
戦争の時代を含めて、親や祖父母の昔の話というのは、いつのまにか聞きそびれてしまうものであることを実感してばかりです。

考えてみれば、親にとっては子どもが中心であるわけで、親が子どもの話を聞いたり、親が子どもに「これから」「日常生活に」必要なことを教えていく、というのが普通なのかもしれません。
昔のこと、親や祖父母の経験の継承は、お互い意識しなければできずに終わることも多いのだろうか、ということを改めて思いました。
祖母の葬儀で故人を偲ぶため、アルバムが置いてあります。
ほとんどが最近のものですが、祖父母がだいぶ若いころのものも混じっています。
そういう写真の中では、祖父が驚くほど厳しい顔つきをしているものが多いです。「兵隊さんだったから」というので身内が納得していることに、祖父の葬儀の頃なら違和感を持たなかったと思います。
今は、もしかして、私がお話を伺った穏やかな元兵士の方々も、出会う少し前は、もっと厳しい雰囲気だったのだろうか、と考えます。

軍服を着た祖父と親族らしい写真を見て、内地で待っていた祖母の気持ちを思いました。
祖父が亡くなってからの4年間の気持ちとあわせて考えたりと、自分自身の変化も少し不思議です。
ブログ係の個人的事情ですが、祖母の葬儀に帰省しています。
当ブログにときどき登場する祖父の伴侶です。祖父が亡くなった頃には、もう昔話はできない状況だったので、やはり戦争当時の話は聞かずじまいでした。
祖母が亡くなった悲しみとともに、大正生まれがまた1人、語らずに逝ってしまった哀しみも感じる孫であります。