FC2ブログ
あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
今週末はもう出発、というギリギリのところにきて、第3回沖縄キャラバンの予定がだいたい決まってきました。
まだ不確定なところはありますが、現在のところの予定です。

◆◆6月29日(金)◆◆

●1班
訪問地:南城市奥武島
体験者の方2名 元兵士の方他

●2班
訪問地:沖縄市

◆◆6月30日(土)◆◆

●1班
訪問地:恩納村
体験者の方2名

●2班
訪問地:浦添市

●3班
訪問地:沖縄市
体験者の方2名 サイパン民間人、農兵隊

◆◆7月1日(日)◆◆

●1班
訪問地:石垣島
当時のマラリア有病地等回りながらの取材

●2班
訪問地:南風原町
体験者の方 梯梧学徒隊

●3班
訪問地:那覇市
体験者の方 ミンダナオ島


他にお2人ほど、お話しいただけそうな方がいらっしゃって、調整中です。
短期間ですが、わりとみんなあちこちに移動する形になってきました。
前回お世話になった方に、またしてもお世話になりまくりつつの第3回となります。
慰霊の日直後のこの時期、現地では平和イベントもいろいろと多い時期だと思います。どうやら天気はずっと良さそうですし、実りの多い旅になるよう、指をくわえて応援することにしましょう。
もちろん保存の会のことではありません。残念ながら。
先日6月23日の慰霊の日から、沖縄県が公開を始めた「沖縄平和学習アーカイブ」のことです。約7600万円をかけて開発、とのこと。

沖縄平和学習アーカイブ
http://peacelearning.jp/

グーグルアースを使ったシステムで、戦場となった場所を写真をみながらたどれる他、それぞれの場所に体験者の方の映像が表示されるというもののようです。
ヒロシマについてはそういうものがあるという情報は以前聞いたことがあったのですが、沖縄でも今年始まったというわけです。
少し試してみましたが、まだほとんど使い方がわかりません。
地図あり証言映像ありいろいろな時代の写真あり、ということで、確かに究極の形かもしれないと思います。

保存の会では、7600万円かけられようはずもなく。2ケタ下がってもいっぱいいっぱいです。
システム開発は、メンバーの自前です。一方、証言映像はいずれ全体を収めることを目指しています。その辺りが特徴でしょうか。
もうひとつ、体験者の方といっしょにつくっていく、というのが、保存の会のアーカイブの最大の特徴です。
体験者の方々の証言の充実ぶりだけは、どこにも負けない・・・はずです。お陰様で。

究極の形らしきものが他所にあるとしても、身の丈にちょっと背伸びぐらいでできる別の形もあるはず。
さしあたり、当ブログの場合は、今のところ毎日更新しているというのだけが特徴ですが、それなりにできることはいろいろと考えていく所存です。
それでも、おそらく証言も地図も、当ブログでは「動く」ことはないと思いますが。
先日表郷戦争回顧展で、講演のビデオを撮らせていただいていました。体験者の方のご家族のご希望で、それをDVDにして実行委員長の方に送付していました。
そのお礼のお電話をいただきましたが、さらにその先が。

表郷戦争回顧展の実行委員会は、体験者の方を含めて12人で活動しているとのことでしたが、その実行委員の皆さんで福島県の別の地域の戦争展に「研修」に行かれるとのことです。
昨年は表郷の方に来てもらったのでお返しを兼ねて行こう、と、最年長94歳(?)の方のご提案で決まったのだそうです。
それで、「そちらの地域に、保存の会のことを話して体験者の方がいらっしゃらないか聞いてもいいですか」と確認をされたのでした。
「是非お願いします!ありがとうございます」と即答。
実際どうなるのかはわかりませんが、まず保存の会のことを考えてくださったそのことがありがたいと思います。
これで福島県内にまたつながりができればいいと思います。
私の人生の北限がもう少し伸びるだろうか、と少し期待しています。(つながりができても、私が行くのかはわかりませんが)

全国キャラバンは、特に2年目以降ほとんど一人旅の行程が多いので、なんとなく、そこに行ったメンバーがそこの地域の担当のようになっているところがあります。そして、場所によっては、支局のように全部お膳立てしてくださる方にも出会えました。現地でお世話になった方が、そのメンバーに「こんな体験者の方がいらっしゃるけど、来ませんか?」というお電話をくださったり、ということもありました。
私もそういう役目がちょっとはできるようになってきたのだろうか、と少々どきどきするところです。ブログ以外でももう少しマメにならなければ、という意味でも。

ともかく、全国キャラバンは、聞き取りであるとともに旅です。もともと出会いの積み重ねなのですが、それをさらに積極的に全国に広める試みでもあります。
全国で戦場体験を遺す活動されている方、団体と、さらにつながっていければと思います。
ご協力くださっている皆様、ありがとうございます。
今日は沖縄慰霊の日です。
個人的には、なんとなくそわそわ落ちつかない感覚でした。今年はこの日が土曜日=仕事休みということで、なんとか行けないものかなと考えていたためです。
実際には、来週の沖縄キャラバンでも行けない状況が早くからわかっていたのですが、当日になってみるとやっぱり落ち着かないのでした。むしろ仕事中の方がよかったかもしれないというか、むしろ仕事中であるべきなんだろうけれど、と、昨年8月15日が新聞休刊日だったのに対するのと同じ思いが少々わくのですが、それは個人的すぎるのでさておき。
来年は日曜日ですが、いかがあいなりますことやら。一応、来年の今頃は、組織的な全国キャラバンは終了している予定です。

保存の会のメーリングリストにも、この日恒例となった投稿がありました。
その中にもありましたが、沖縄以外では、この日は特に意識されることも無いのだというのを感じます。原爆の日に比べても、扱いが小さい気がします。(原爆の日にしてみても、広島に比べて長崎は扱いが小さくて、九州も本州から見たら「外側」なのだろうかと実は思う九州出身なのですが・・・)
沖縄の方々には無念なことでしょう。

それでも、現地ではこの日に向けて慰霊行事がそれぞれの市町村や地区で行われているというのは、他のところではあまりないことではないかと思います。(「いや、やっているぞ」というところは、ぜひ教えてください!)
戦友会や慰霊祭は、関係者の間で行われていますが、体験者の方の高齢化・死去により、どんどんなくなっていっています。日本傷痍軍人会さえ、来年には解散することになっています。
沖縄でも、個々の慰霊の集まりは、毎年少しずつ「みんなで集まるのは今年が最後」となるところが出てきているようです。それでも、やはりその日になると、多くの方が個人的に集まって来られているのではないでしょうか。
それは、やはり戦場となった場所ということの重さのためではないかと思います。
そしてまた、沖縄ではまだ戦争が終わっていないという思いのためでもあるのかもしれません。

慰霊の日が全国区になったとしても、沖縄に行かなければ感じられないことは、確かにある気がします。
2月のキャラバンで行ったことで、行く前よりは感覚が変わりましたが、まだまだ見えていないことの方が多いのを感じて、また落ちつかない気持ちになるのでした。
仕事が終わって駆け抜けること30分。
夕方からの、「オキナワを歩く」トークライブに参加しました。
写真展「女子学徒たちのウムイ」の記念イベントです。
今回は写真展の中のスクリーンの前が会場になっていました。
講師のお二人、広島経済大学の岡本先生と写真家田中正文さんは30年来の付き合いなのだそうです。
禅と哲学が根底にあるというお二人と学生たちの沖縄巡礼は、不思議な巡り合わせと試練とに満ちた歩み。
必ず戦場だったその場所で、女子学徒の方々のお話を聴かれるとのこと。
少々羨ましい気が…とか言ったら不遜かもしれませんが、沖縄は確かにそれが意味のある場所だと納得です。
あるときは嘉数から南端の喜屋武岬まで、あるときは北部の山中を、水と乾パンだけで歩き、ガマに入り、慰霊碑を掃除する行程の中、自分の中での変化を含めて何かを感じるのだそうです。
そこに女子学徒の方々との交流が加わることで、戦争の「記憶の継承」を意識するとのこと。

なんというか、確かにあまり聞く機会のないお話でした。

女子学徒の方々がお話を続けられる間は毎年行きますという約束だそうです。
春休みの、そんな卒業旅行。
キャラバンの延長で、ご一緒できないだろうか、等とこっそり考えるのでありました。
実際、他の大学や一般の参加も大丈夫らしく、今年は70人余りで歩いたそうです。
戦場体験の継承全体も、こういう盛り上がりがあるとよいなと思います。いいお話でした。