あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
大分・熊本キャラバンの4月30日(月・祝)の日程です。

訪問地:大分県佐伯市
終日 ケアハウスにて聞き取り
5名ほどの体験者の方にお話を伺います。詳細は行ってからのお楽しみ、とのこと。

連休前半大分に帰省しているメンバーが合流して、取材に参加します。

皆様よろしくお願いいたします。
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群馬・栃木キャラバンの、4月28日(土)の様子です。
メーリングリストより転載します。

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昨日(4月28日)は、北関東キャラバン一日目ということで、群馬県前橋市のケアハウス「悠々くらぶ」に取材訪問です。
取材メンバーは、4名。

前橋駅からタクシーで移動。天気も良く、行楽日和。20分もすると目的地の「悠々くらぶ」が見えてきました。
少し小高い丘の上にあり、周りは畑と近くに病院があります。
町の全体が見えて、景色がとても良いです。おそらく夜景もきれいだと思います。

お電話でやり取りをしていた施設長の田子さんと初めて対面。
気のよさそうな方でした。
早速取材をさせていただくことになります。

山田さんは領事館警察ということで聞いてみれば、昭和10年志願の騎兵で、かなり戦闘経験もあり。ご本人の体調もあり、完全に聞き取るまでお時間はいただけず。1時間30分は聞けましたが、後もう少し欲しかったところ。
しきりに「PCを使って自分で体験をすべて記録する」と言われていました。
後で施設長の田子さんから「山田さん、PCを買って記録するといっているけど使ったこともないし、体力的にも難しいんだよ」とのこと。ご自身の体験をこれだけ遺したいんだな、と感じた一件でした。

石丸さんは兵士ではなくて、軍需工場の責任者としての体験。鋳型の職人さんで砲弾の型を作っていた話。熟練労働者で、必ず必要な仕事なので、戦中はお金にも困らず、食事も優先してもらっていたとのこと。
田舎に帰って両親にお金を渡すたびに「あんた、こんなに金もってて泥棒でもやっているのと違うのか」と言われるくらいに余っていたそうです。

最後は田子さんに最寄駅まで車で送っていただき、初日終了です。

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2組に分かれて取材しており、リーダーがいた方のお2人のお話が一部紹介されています。
皆様ありがとうございました。




新宿から1時間ほど、かなり近場のキャラバンです。
現地集合現地解散。早めに着いたので、せっかくだから、土地のものをいただきます。比較的近場とはいえ、こういうときでもないと、ここで下車することはなさそうですし。
小山は和牛も豚もブランドがあるのですね。

投稿までする余裕はなく集合時間に。ということで、これは取材後の投稿です。
今日の聞き取りの様子については、リーダーがメーリングリストに流すことになっています。
証言概要は私が書くことになりました。
大分・熊本キャラバンの取材初日、4月28日(土)の様子です。
体験者の方の「戦場を語る」思いの強さを感じる報告が、メーリングリストに流れていましたので、転載いたします。

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東京からの来客を心待ちにしてくださる体験者の方は多いものの、今日ほど待ち焦がれられたのは久しぶりの様な気がします。
何しろお約束をした後で「本当に来てくれるか、気は変わっていないか」とお電話、「この話をしなければと思うと私は気が狂ったようになっていて、ちょっとおかしいのかもしれない」と話しておられた倉兼一二(いちじ)さん(92歳)にお目にかかってきました。




大分県日出町(ひじまち)豊後豊岡駅、海が見える小さな駅では、一人だけの駅員さんが窓口でお弁当を広げていて昼下がりのゆったりとした時間が流れています。
そこから一気に山道を車で登った所にお宅はありました。
「これより上には7軒しかない」と奥様。


倉兼さんは海軍第82警備隊で東部ニューギニアのラエへ、そこからシオに転戦するジャングルと山岳地帯で殆どが餓死や病死、凍死。
400数十名の部隊で生き残ったのは数名、兵隊・下士官ではただ1人だけでした。

復員されてすぐ、親友のご自宅にお参りに行きましたが彼の母親から「お前は生きてきたのに何故うちの息子は帰って来ないのだ」と言われます。
部落で4名が海軍に行って戻ったのはただ1人。
戦争に行って帰った2人の兄貴はそこに住み続けたけれど「自分はもうこの部落にはいられなかった。旅の始まり」

1週間後戦友を頼って北海道に入植、その後福岡、大分の開拓地を渡り歩きパラグアイへ移住。
「人のいない所に行きたかった」
「自分は幸せになってはいけないとどこかで思っていた」
大分の牧場もパラグアイの牛乳工場もそれなりに成功したもののある程度軌道に乗ると次の場所に動きたくなってしまう。
「それが戦争の後遺症だと自分で気づいたのは85歳になってから」

85歳で帰国して行った心臓弁膜症の大手術をきっかけに
「自分は何をしてきたんだと思った。自分だけ生かされているのはこの話をするためではなかったのか」
それまで奥様にしか話していなかった体験を書いたり人に話すようになりました。
「あの人は全部戦争でできている、それしかない」と言いながら各地を一緒に歩き続け、今記憶をたどる手助けを隣でしてくれる奥様。

仏壇には御親族の位牌に併せて戦友、同じ部落の戦死者の位牌が並べられ毎日2回読経しておられるそうです。

「戦友が皆死んで神様はいないと思った。日本の神様はいないと思った。どうまとめて貰っても良いが、この事は書いて欲しい」

取材報告は今からまとめます。

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なお、4月29日(日)は、大分・熊本キャラバンは空き日となります。
現地調査等試みるようですが、証言概要にも期待したいと思います。
群馬・栃木キャラバンの4月29日(日)の日程です。
2手に分かれます。

●1班
訪問地:栃木県小山市
13:30~体験者の方のご自宅にて取材
体験者の方
◎偽札作り

●2班
訪問地:群馬県太田市
11:00~体験者の方のご自宅にて取材
体験者の方
◎輸送船体験

群馬・栃木キャラバンで一番「キャラバン」らしい日かもしれません。
よろしくお願いいたします。