あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
沖縄、東海キャラバンの準備が進んでいる中ですが、現在、ボランティア希望の方への説明会と取材現場体験の機会も多くなっています。

説明会といっても、日程を公表して参加者を募るという形ではなく、ボランティア希望の方からの連絡をいただくと、会える日を調整するという形です。日程が一致する方が複数の場合には、結果的に「説明会」になっています。
戦場体験史料館まで来ていただくようにご案内することが多いですが、体験者の方の取材に参加していただいて、その後、その辺でお茶を飲みながら説明会という場合もあります。
ボランティア希望の方の近くにお住まいの体験者の方がいらっしゃれば、一緒に取材に行けるように調整しています。(基本的には体験者の方のご都合優先ですが。)
日程が合えば少し離れた場所でも大丈夫、という方は、すぐに取材に参加していただける可能性があります。

今年はキャラバン中も首都圏での聞き取りを止めないという方針のため、積極的に取材を組んでいます。
幸い、昨年末ごろからボランティア希望の方からのお問い合わせが続いていますので、一緒に取材に来ていただく場面も多くなっています。

ただし、公開収録会以外は、取材予定情報をブログでお知らせすることはありません。(キャラバンの場合も、会場を明記するのは公開収録会の場合のみです。取材予定の段階では、体験者の方のお名前も出していません。)
戦場体験の記録に興味をお持ちの方、まずは戦場体験放映保存の会事務局までお問い合わせください。
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沖縄キャラバンの訪問地がだいたい決まりました。
日程が4日間と短いため、沖縄本島南部と伊江島に絞って回ります。

2月4日(金)那覇市~西原(にしはら)町
2月5日(土)豊見城(とみぐすく)壕、島尻(しまじり)壕
2月6日(日)嘉手納町~中城(なかぐすく)村
      別働隊:伊江島
2月7日(月)那覇市
2月8日(火)別働隊予備日:恩納村?
2月9日(水)別働隊予備日

別働隊1名は、5日(土)から沖縄入りして、8日(火)または9日(水)に帰る予定です。途中全員がそろうこともあるかもしれません。

今回は、保存の会としては珍しく、女性の方のお話が多くなるようです。
5日(土)は、壕の中で、元ひめゆり学徒の方にお話しいただく予定になっています。
2月のキャラバンの計画が詰めに入ってきました。
お話しいただける体験者の方はまだまだ募集していますが、すでに了解をいただいている方との日程調整も本格化しています。
東海キャラバンは、2月10日(木)~15日(火)まで6日間フル稼働するリーダーの他、日帰りや別件のついでで1日だけ参加するメンバーが加わり、3~4名ほどになる見込みとなりました。

今のところのだいたいの予定です。周辺エリアも含まれます。

2月10日(木):静岡県沼津市
2月11日(金・祝):愛知県名古屋市
2月12日(土):愛知県豊川市
2月13日(日):愛知県安城市
2月14日(月):静岡市~掛川市
2月15日(火):静岡市~掛川市

特に後半の日程は、体験者の方のご都合との関係で変わることもあります。
信州・北陸チームが最終日9月5日(日)午前に伺ったお話の概要です。

◆◆◆

◎川井春雄さん
1930(昭和5)年4月1日生まれ

●1944(昭和19)年7月 海軍を志願し受験。
※海軍特別年少兵を志願したのだと思うのですが、ご本人の認識としては特別な制度を志願したつもりではなく、「海軍を受けた。後でこういう兵だと言われた」という理解でした。
 なおご本人は証言でも手記でも「海軍特別少年練習兵」と書かれています。
○役場から願書が来て書いて出せと言われた。
 お上や国が言うことだから従うのが当たり前という感覚で、志願と言っても強制的な志願。
○十日町まで列車で出て算術などの試験、身体検査、聴力、視力、色覚と検査ごとに人数を減らしていき、最後に残ったのが合格となった。
○口頭試問もあったが、実際には試験と言うより身上調査の内容。
 家は貧しいかとかいなくなると家は困るかとか聞かれた。
○同じ高等小学校から10数名が受験し4名が合格。
 うちまだ高等小学校に在学していた2名は不採用。
 川井さんは4月1日生まれで最年少の早生まれで上の学年に入ったので採用となった。
○海軍に前後して陸軍も志願、受験。
 こちらは少年戦車兵を希望していた。

●1944(昭和19)年12月28日 採用通知が届く。

●1945(昭和20)年5月25日 平海兵団に入団(志願)
 海軍特別年少兵 4期生。
 雪の多い年で未だ苗代も作っていない中出征した。
 「昭和の白虎隊」と呼ばれ将来の中堅幹部を養成するのだという触れ込みだった。
 教班長は皆師範学校出身。
 数学、歴史、化学、英語などの教科と防毒、旗振り、銃剣術などの訓練。
 青年学校で習った知識は陸軍式なので、海軍では戸惑う事が多かった。

●1945(昭和20)年8月16日
 15日の翌日集められて無条件降伏したと伝えられたが、よく意味が分からなかった。
 数日して帰れるらしいという噂が広がった。

●1945(昭和20)年9月4日 復員
今日、都内某駅を歩いていると、ポンと肩をたたかれました。
振り返ると、以前奥多摩を案内してくださった元少年飛行兵の方でした。
お互い、自宅の最寄駅ではなかったので、大変驚きました。

「保存の会に送っておいたから」との一言に、何のことだろうと思っていたら、元少年飛行兵の集まりが合った際、話をしてもいいとおっしゃった戦友の方を紹介してくださるというお話。
送ったばかりだそうなので、明日あたり、保存の会事務局に届くのでしょう。
ご紹介、ありがとうございます。

この方に限らず、たくさんの戦場体験者の方が、戦友や近所の体験者の方を紹介してくださっています。
全国キャラバンでは、各地の体験者の方が、ご自身はもちろん、近所の体験者の方を呼んでくださったり、お友達の方のお家まで案内してくださったりということもありました。
大変感謝しております。

保存の会の活動が、元兵士の方々と孫世代を中心とした幅広い年代の若手との二人三脚で広がっていることを、改めて感じました。

今年は全国キャラバンも首都圏での聞き取りも並行してしっかり行うことになっています。
できる限りたくさんの体験者の方からお話を伺えるようにしたいと思います。