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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
元兵士の連絡所


元兵士から孫世代まで、ご連絡をお待ちしています
※質問、疑問などもお気軽にお問い合わせください
電話 03-3916-2664
※戦場体験史料館開館時間=火・木・土・日・祝日の10時~17時
FAX 03-3916-2676
e-Mail senjyou@notnet.jp
※FAX、Mailは24時間受付
住所 〒114-0023 東京都北区滝野川6-82-2
     戦場体験史料館内・元兵士の連絡所

戦場体験史料館までの道順
明日から2日間は慶應義塾大学でイベントがあります。

慶応義塾福沢研究センター「慶応義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクト
「慶応義塾と戦争」

学徒出陣75年シンポジウム/研究報告

12月1日(土)
第1部 シンポジウム
開場12:30 開始13:00 終了18:00

12月2日(日)
第2部 研究報告
開場9:00 開始9:30 終了17:30

場所
慶応義塾大学三田キャンパス南校舎ホール

参加申し込み不要
入場無料

主催
慶応義塾福沢研究センター
電話:03-5427-1605
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今週末は一橋大学出のイベントですが、翌週は慶應義塾大学でイベントがあります。

慶応義塾福沢研究センター「慶応義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクト
「慶応義塾と戦争」


学徒出陣75年シンポジウム/研究報告

12月1日(土)
第1部 シンポジウム
開場12:30 開始13:00 終了18:00

12月2日(日)
第2部 研究報告
開場9:00 開始9:30 終了17:30

場所
慶応義塾大学三田キャンパス南校舎ホール

参加申し込み不要
入場無料

主催
慶応義塾福沢研究センター
電話:03-5427-1605
日ごろから(本当に)お世話になっています、毎日新聞の栗原記者の講演があるので、繰り返し宣伝します。
今週の金曜日からです。

◆◆◆

戦争と一橋生
第49回一橋祭


【日時】
 2018年11月23日(金・祝)~25日(日)
【場所】
 一橋大学(国立キャンパス)

■展示「沖縄で逝った10名の学友たち」
11月23日(金・祝)~25日(日) 10:00~16:00
西講義棟1階・談話スペース(西側)

■戦跡を巡るキャンパス・ツアー
11月24日(土)・25日(日) 14:30~15:30
集合場所:西講義棟1階・談話スペース(西側)

■講演会「未完の戦争 沖縄、硫黄島と特攻」
西講義棟3階・301教室
講師:栗原俊雄氏(毎日新聞学芸部記者)

一橋いしぶみの会
協力:一橋新聞部
直前告知です。
明日11月18日(日)、拡大事務局会議です。
保存の会メーリングリストに流れた、事務局からの告知を転載します。
茶話会のふりかえりも併せてご覧いただき、ご意見出していただければと思います。

◆◆◆

皆様へ

来週の週末は拡大事務局会議なのでご案内いたします。
今回はイベントなど差し迫った議題が無い分
年内の聞き取り予定の相談のほかは
来年(度)や今後の活動について、すぐに実現できるものから
少し広めなアイデアまでざっくばらんにご相談してみたいと思います。

特に来年GW、平成が終わる前後の10日間に及ぶと言われる連休の
使い方や、次回の茶話会はいつ頃に設定するのかなど
アイデアをお待ちしています。

【日時】11月18日(日)13時半~ 2時間強
【会場】戦場体験放映保存の会 事務所
【議題】浅草茶話会の振り返りなど
11月18日(日)、拡大事務局会議の前の時間に、戦場体験史料館での収録会が入ることになりました。
事務局からのメールを転載します。

◆◆◆

皆様へ

先にご連絡のとおり18日(日)13時半から会議を予定していますが、
その前に塚本此清さんのお話を事務所で伺います。
塚本さんの体験は収録済みですが、茶話会でお話を聞いた高校生の
ご希望でこの場を設定しました。
参加自由ですのでご興味のある方はご参加ください。

【日時】11月18日(日)11時~12時半頃
【会場】戦場体験放映保存の会 事務所
 事前申し込み不要ですが分かっていると助かります

※なお会議は13時半からです。
事務所で食事をされる方は12時半以降でお願いします

***************
◎塚本此清さんの軍歴
1925(大正14)年1月4日生まれ

陸軍
豊浜船舶工兵教育隊
最終階級 軍曹
内地

●1944(昭和19)年 中央大学の予科に在学していたが、特別幹部候補生に志願

 船舶兵特別幹部候補生隊に入隊
 第一〇三号型輸送艦(SB艇)への乗船を目的としていた

●1945(昭和20)年1月 香川県豊浜に移動
 大型船に向いているかどうか、激しい訓練を行いどんどんふるい落としていく
 この冬は非常に寒く、わらの上に寝ていたため3分の1が肺炎でいなくなった
●1945(昭和20)年5月
 試験があり、甲板30名、エンジン30名に
 区隊長は学徒兵の見習い士官だったが、学生がこんなにぶん殴るのかと思った
●1945(昭和20)年7月1日 高松空襲で学校は焼失
●瀬戸内海での艦を使った訓練
 当初は爆撃機だけだったのが、次第に戦闘機も来るようになった

●1945(昭和20)年8月15日 敗戦
 降伏はしないとビラがまかれて、我々も戦おうとなり数日訓練があった
 また区隊長が切腹をしよう、無理は言わないが卑怯者に育てた覚えはないと言われ
 数人を残して手を上げたが、具体的にどうするかは後でとそのままになった
●1945(昭和20)年9月16日 復員
 見習い士官になる準備が出来ていたので、なったら殴り返そうと
 唯一の楽しみにしていたが、軍曹のまま退校になった

※父は第32軍航空情報隊隊長の塚本保次氏(陸軍大佐)で、沖縄に従軍
敗戦時、投降勧告をして回る役割をしていた