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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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戦場体験史料館までの道順
本日、10月拡大事務局会議を行いました。
若手8名参加。鹿児島に行ったメンバーが少ない分、低迷しているのでしょうか。
行かなかった人にこそ状況を知ってほしいところなのですが。

鹿児島茶話会の振り返りと浅草茶話会について。
鹿児島のことを振り返っていると、そのまま浅草ではどうする?という話に飛んでいく展開でした。
鹿児島はそれなりに成功だったというのが総論です。
体験者の方が離れた場所から来てくださったのがまず一番ですが、お客さんも自分の感じたことなどを話したり質問したりという方が多かった印象です。
準備片付けはかなり大変だったし、荷物の搬出をどうするかという問題はついて回ります。
マイクの音声のことも課題です。

ということで、浅草では、もとよりテーブルを仕切るように間仕切りを配置してもらうということになるようです。
事務局メンバーもその辺は考えていました。
会場との打ち合わせで先にその辺の話をしていくことになります。

茶話会の最後に、お客さん同士で振り返る時間をもつことを検討中です。
ただ、振り返って話をするなら聞いた直後のほうがよいだろうというのがあり、茶話会各回の時間管理をしっかりやって、締めた後のテーブルで意見交換できる時間を15分程度は持てるようにするというのも、同時に考えています。
これについては、スタッフ間で意見が分かれており、また改めて話し合う必要がありそうです。

展示については、今回は、手記を中心に、という方向になります。
やはり事務局からの提案でした。
証言パネルのうち、手記で置き換えられるものは置き換えてみる形を想定しているとのこと。
10月中に保存の会にある手記を取り出し、11月に分担してスキャンやテキスト化をして掲示物の形にします。
併せて、昨年寄贈していただいた物品も展示します。

保存の会メンバーが参加した外部イベントなどを通して、新しく聞き取りをすべき体験者の方との出会いがありました。
首都圏近郊の方については、できるだけ茶話会までの間に聞き取りを行い、茶話会にもお誘いする方向です。
茶話会後、鹿児島にも聞き取りに行くことになる見込みです。

浅草の茶話会まで約2ヶ月。
今年も残り3ヶ月を切ったところで、改めて気合を入れなおすことになります。
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本日、拡大事務局会議を行いました。
若手6名。ほとんど鹿児島に行くメンバーのみの参加です。

鹿児島茶話会という通称で書いていますが、会場は飲食不可となっており、実際にはお話し会です。
そのため、タイトルは「語らずに死ねるか! 戦場体験の展示・上映・お話し会」 となります。
チラシができており、だいたいの予定が決まっています。
今のところ体験者の方は2名が確定、他3名調整中または様子見というところです。
証言映像は、1日2枠の計4枠で、それぞれ別の映像を流します。流しっぱなしにするものと、解説付きで一緒にみていくものとあります。
展示物は、証言パネルが約30枚、絵画・写真はふんだんに。物品は普通サイズの段ボールに収まる分です。
保存の会とキャラバンの紹介コーナーもつくることになっており、鹿児島で聞き取りをしたときに撮った写真なども展示する方向です。といっても、1人キャラバンなので、取材風景などの写真はありません。
全体的にまだほとんど準備ができていない状態であり、広報もまったくできていません。体験者の方は、熱心に知り合いの方に声を掛けてくださっていますが、これから地元のメディアにプレスリリースというかんじです。

かなり難しい状況なので、保存の会twitterや当ブログで随時出していく情報をもとに、特に鹿児島周辺にお住まいの方への広報にご協力いただければ幸いです。
チラシもデータをもらったら掲載します。もらわなくても、明日には掲載します。
昨日の鹿島の「戦争体験を語り継ぐ」について、保存の会公式twitterにツイートが出ています。
タイムラインを追うのが難しくなるので、ここでまとめておきます。

◆◆◆

2019.8.18 7:32
鹿島市であった「戦争体験を語り継ぐ」に行って来ました。東京大空襲の焼け野原を見てから中国に従軍したという人が、もう94歳かと思わずにいられませんが、戦後も国民党軍の盾として八路軍との戦闘が続いたため、かなり激しい戦闘体験をお持ちでした。武装解除は昭和21年、船に乗る3日前だったとか。

2019.8.18 7:38
ご本人は足を負傷。戦後傷痍軍人の申請に行ったものの、役所の窓口で言いくるめられ出さずに終わってしまったそうですが、物乞いをしている傷痍軍人に話しかけたら、何時どこどこの戦闘でなどと教えてくれて、ああ芝居じゃなくて本当なんだなと思ったと。

2019.8.18 8:31
帰りのエレベーターで一緒になった方は、お父様がBC級戦犯で、昭和30年まで巣鴨にいたそうです。部隊は皆インパールに行ったのに、1人ジャワに行き収容所の管理に関わったとのこと。45分間の面会で数年ぶりに会った事、A級戦犯が先にどんどん出て来ることが納得いかなかった事など話して下さいました。
本日、鹿沼で行われた、戦争体験を語り継ぐ会に、保存の会メンバーが行っており、状況報告のメールが送られてきました。
市民と行政の共同プロジェクトで、市長あいさつなどあるかんじの集まり。
150席がほぼ満席で、いろいろな考え方のお客さんがいたように感じたということです。

話し手の方は94歳で、東京大空襲の跡を見ながら出征、戦後もずっと八路軍と戦闘されていたのだそうです。
後日改めて聞き取りをさせていただくことになったとのこと。
また、お客さんで来られていた80代の方とも知り合ったので、やはりお話を聞かせていただくことになるそうです。

地元の方が紹介してくださったイベント参加は、実りのあるものだったようです。
本日、浅草公会堂の11月分の抽選があり、保存の会もエントリーしたのですが・・・
残念ながら落選しました。
もともと10月11月は台東区の行事で使われている日が多く、1点狙いせざるを得なかったので、競争率がさらに上がっていたのは確かです。
11月は文化の日にかかる3連休を狙っていましたが、会場を確保できませんでした。

ということで、秋の茶話会の見通しが立たなくなりました。
12月を狙って再度来月の抽選に臨むというのも1つではありますが、そのままズルズルと落ち続ける危険もあります。
11月、別の会場で、としても、今度は5月に利用したきゅりあんも埋まっているようなので、さらに新しい会場候補を探す必要があります。
他にどこならいいのか、というのはわかりませんが、パネルの展示を諦めると、少しは会場の候補が増えるかもしれません。

今日で決定していれば、7月の拡大事務局会議は今後の予定の具体的な内容に入るところでしたが、まず茶話会の開催をどうするのか選ぶところから始めることになります。

ほどほどの利用料金の、よい会場があればご意見いただければ幸いです。