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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
元兵士の連絡所


元兵士から孫世代まで、ご連絡をお待ちしています
※質問、疑問などもお気軽にお問い合わせください
電話 03-3916-2664
※戦場体験史料館開館時間=火・木・土・日・祝日の10時~17時
FAX 03-3916-2676
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※FAX、Mailは24時間受付
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     戦場体験史料館内・元兵士の連絡所

戦場体験史料館までの道順
前回の拡大事務局会議で挙がってきた、聞き取りに伺う予定について、だいたいの場所をまとめておきます。
この後台風が来たので、交通機関の状況が心配なところもあります。

首都圏
〇東京都
港区・三鷹市
埼玉県
三郷市
神奈川県
足柄町

〇栃木県
鹿沼市

〇鹿児島県

〇長崎県

首都圏~鹿沼市を12月の茶話会までに、鹿児島を茶話会後に、ということで、今のところ考えています。
実際には、年始まで入るのではないかという状況です。
ある程度調整がついたら、日程が発表されるはずですので、また改めてお知らせします。
同行可能な案件とそうでない案件がありますので、その辺も書きたいと思います。
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茶話会カテゴリにすると誤解を招きそうですが、ひとまず鹿児島らしい写真を上げておきます。

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会場前の広場入口にある看板。鹿児島です。
会場の写真を撮ったつもりだったのですが、データにありませんでした。

moblog_2ce342d5.jpg
初日が終わって夜ごはんに食べたカツオジャーキー。
今回の茶話会開催のきっかけになった坂上さんのご家族おすすめの屋台村にて。
お薦めとアピールされていたので、これは行かねば、ということになり、せっかくなので鹿児島らしい写真を撮ることにしました。
しかし、料理の写真もうっかりほとんど取りそびれました。

moblog_4bb4ffe5.jpg moblog_9e93e4d0.jpg
鹿児島と言えば焼酎です。
お店には100種類を超える焼酎が並んでいました。
左は知覧茶割り。右は鹿屋バラ園にちなんだ銘柄の焼酎。
特攻基地のあった地にこだわるところが保存の会です。
昼ご飯はほとんど食べられないので、貴重な夜ご飯の時間に地元らしいものを食べ、行った記録にします。
晩御飯で一息入れて、ホテルに帰って各々作業をすることになるのもいつものことです。

moblog_c2f1532e.jpg
朝から開場前に錦江湾へ。
フェリー乗り場から撮った桜島周辺です。桜島は隠れていますが・・・
桜島の手前にかぶっている建物は鹿児島水族館だと思われます。
会場から15分程度で行ける場所でした。

各地に出かけていくものの、ひたすらお話を伺っているか、イベント会場に缶詰になっているかで、下手をするとそこに行ったのがわかる写真が何も残らないことになります。
ブログ係が参加しているときは、だいたい、朝っぱらから歩いて写真を撮りに行きます。
偉人の像なども回れたらよかったのですが、ちょっと無理でした。
別の視点で撮ったものもあるので、そちらはまた後日アップします。
来週、6月8日(土)に、聞き取りがあります。

13:00から一緒にお食事、14:00から聞き取りです。
最寄り駅 小田急多摩線 栗平駅
ビルマの体験者の方(インパール作戦?)
お食事処での聞き取りなので、数名同行可能の見込みですが、ご飯代が必要だと思われます。

同行希望の方は、保存の会事務局にお問い合わせください。

今回、大手資料館からご紹介いただきました。
保存の会は聞き取りを行う範囲が広い(というより、今や大戦関係のお話は何でも聞く態勢)ですので、今後も体験を話したい方、取材してほしい体験者の方をご存知の方、ぜひお声がけください。
今週末4月13日(土)、以下のような聞き取りが予定されています。
参加希望の方は、保存の会事務局までお問い合わせください。

【日時】4月13日(土)14時頃~
【場所】
  京浜急行線 金沢文庫駅付近
【話し手】
 海軍 瑞鶴、大和田通信隊など
 1944(昭和19)年1月 15歳で防府海軍通信学校入校
 1944(昭和19)年2月 横須賀海軍通信学校
 1944(昭和19)年3月 鈴川海軍通信隊 特信班(海軍軍令部特務班)教育
 1944(昭和19)年10月 第70期普通科練習生 卒業
            空母・瑞鶴 配属
  乗艦後6日ほどで、レイテ沖海戦で瑞鶴は沈没
  10名ほどの新兵が乗っていたそうです
 1944(昭和19)年11月 大和田海軍通信隊配属(現新座市~清瀬市)
 1945(昭和20)年9月 復員
昨日に引き続き、先日の慶良間諸島への旅の報告を転載します。

◆◆◆

長くなったので、渡嘉敷編はメールを分けることにしました。
といっても渡嘉敷は聞き取りはなく、慰霊祭のみの参加です。

渡嘉敷の慰霊祭に参加するのは3年連続、最初の年は本島に住む
体験者の方の参加にご一緒しました。
昨年もその方とご一緒のはずが体調を崩されて一人で行くことに。
その時に島に住んででフィールドをしておられた岩手大学の麦倉先生が
慰霊祭後「語り継ぐサロン」を開催して下さっていて
その場で知り合ったお2人を含めた3人から昨年は聞き取りをしました。

そこで今年。遠方ですから迷いましたが、
話を聞くだけ聞いたら来なくなるのもなんだなあと思い今年も伺ったところ、
島を離れたはずの麦倉先生がさらにバージョンアップされた「語り継ぐサロン」を
開催、今年は村の教育委員会の後援がついていました。
私の方もおばあから数年ぶりに島に戻ってきた役場の人に「この人は
毎年慰霊祭に来てくれる親せきみたいな人」と紹介されるまでに成長し…(笑)

座間味や阿嘉は慰霊祭は5年に一度で、もう先が長くないのだから
毎年やって欲しいという声を体験者から伺うのですが、渡嘉敷は毎年開催されていま
す。
私たちが沖縄に行き始めたころはやっていなかったような気がするけど??
と何となく疑問に思っていたのですが、今回のサロンの挨拶で
33回忌で一度止めた後前の村長さんの時に復活させたことを知りました。
確か当時山中で生まれた方だと伺ったことがありますが、今年の慰霊祭では
新しい村長さんが「初の戦後生まれの村長になりますが」と挨拶をしておられまし
た。

サロンに参加している人のほとんど、まして体験者世代の島民は全員知り合いですか

サロンそのものは私のためにやってくれているんじゃないかぐらい
麦倉先生の積み重ねに乗っかっている申し訳なさはあるのですが
(実際に今年も新しい聞き取りのお約束をしましたし、
サロン様に用意されていた島言葉の地名が入った地図も頂いてしまいました!)
麦倉先生の生活史を含めた穏やかなフィールドワークの積み重ねと
話を出来る場所があり、そこに役場の人が顔を出したり後援をしたりする状況の中
いろいろな人が話をしていく土壌が醸成されてきているのを肌感覚で感じました。

島の若い人がそのサロンに足を運ぶまでにはまだ段階が必要そうですし
(式典には地元の小中学生が参加しています)
各家庭での語り継ぎがどの程度か私には分かりませんが、
話す場所づくり、環境づくりの効果を見る思いです。

親せきと言われてしまった以上、少なくともあのおばあが慰霊祭に出られる間は
私も毎年通うことになるのだろうなという予感。
慰霊祭の翌日が91歳のお誕生日でしたけれど、イノシシに負けず畑も続ける
グランドゴルフの名手なので、あと5年や10年は行くことになるのかもしれません。
とりあえず来年の3月28日は土曜日であることを確認しています!
(土曜日でも村の行事ってやるよねえ)