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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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戦場体験史料館までの道順
6月の沖縄戦展について、つらつらと考えているわけですが。
平和の礎の名簿調査についての展示もしたいという話があったな、と思い出しました。
総会前後にも沖縄戦展についてまとめようとしたことはあって、そのときにその件も入っていたと思いますが、時間が経つと抜けていくものです。
一旦、今上がっている「これをやろうか」という内容をすべて書き出すべきなのでしょうね。

さて、名簿調査についての展示、というのはどういう方向でやることになるのか。
やるのかというのもよくわかりませんが、一応やる前提で考えましょう。
順当にいくと、フリガナ振りの過程の報告からでしょう。
平和の礎の読み上げをやろうとなったときから、フリガナが名字しかないことが判明し、名前のほうのフリガナはどうするのかという問題に直面したところから。
EXCELの自動フリガナ機能を使ってみた結果、あまりに名前とかけ離れたものになりすぎたので、調整を加えたことについて。
最初の頃は、実行委員会の後に、一部の名簿について試しにそこにいる沖縄のメンバーに、一般的にはどう読むのか聞いてフリガナをふってみたこと。
ひとまずは、仮にフリガナを入れた名簿を読み手に渡して、本番前に見てもらい、明らかに名前としておかしいフリガナについては直してもらうようにお願いをしたこと。
その後、沖縄県外都道府県に名簿について問い合わせをしたこと。
名簿グループのそれぞれの方に、いろいろ試みてもらったこと。
沖縄県内の各自治体にアンケートをしたこと。

そういう経過とともに、どのくらいのフリガナが判明したのかを添えていくかんじでしょうか。
プラス、今後できそうなことについて案を書くなど。

淡々と経緯を報告するのであればいけそうな気がしてきました。
ただ、その辺をまとめるのは、名簿グループを主催している保存の会事務局メンバーになるので、私が考えてもあまり意味がないかもしれません。
それでも、こうやってまとめておくのは多少は足しになるでしょうか。

さて、沖縄戦展、どのくらい、平和の礎要素を入れることになるでしょうか。
柱の要素になり得るのかどうかは、やはり、証言の中の戦没者の名前が探せるかによります。
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コロナ禍が一応静かになったご時世ですが、ZOOM、ウェビナーで開催される会議やイベントは続いており、よいことだと思います。
参加定員がないことが多いので、わりと直前まで申し込み可能ですが、参加しようと心が決まっているのであれば、早めに申し込みをするほうがよいでしょう。
具体的には、24時間前までには、でしょうか。
理由は、参加者向けに、資料が送付されることがあるからです。
ギリギリに申し込むと、資料がない状態で本番をむかえることになります。
本番が始まってからでも、資料がないことに気づいたら、主催者や司会者にチャットを送ると対応してもらえる場合が多いようですが、司会者の手をしばし止めることになりますし、資料を確認するまで話についていきにくかったりします。
事前に資料を受け取れるよう、早めの申し込みをお勧めします。

というのは、私自身が先日まさにその状況になったからの話です。
私の場合は、なぜかだんだん自宅のパソコンからZOOM接続がうまくいかなくなってきており、入場できるまでに時間を要するため、そこまでギリギリに申し込むわけにもいかないのですが。
その辺の対応を考えても、やはり早めの申し込みがよいと思われます。

保存の会の会議は、資料が出来上がるのが開始1時間前とかのこともありますが、事前に受け取っておくのがよいです。
こちらは、WEB講演会主催に慣れている方と比べて、明らかに司会者の手が止まります。
沖縄戦展をどうするか、構成を考えねば、というところです。
いつもと違う要素を、と、いつも頭を悩ませるのですが。
結局、一般の方向けとしてやるのであれば、時系列に沿って出来事を並べるのが一番わかりやすいと思います。
昨年、パネルの作り方を変え、なんとなく1エピソードないし1テーマを1パネルにするようになりました。
パネル1枚の文字数も少なめです。
なので、時系列に沿って、沖縄戦で起きたことを並べていきつつ、テーマをまとめられるものはまとめる、ということになるでしょうか。

これまでの沖縄戦展では、対馬丸、十十空襲、慶良間諸島・本島への米軍上陸、伊江島の戦い、首里からの撤退、組織的戦闘の終結(牛島司令官・長参謀長の自決)、ぐらいを出来事の柱にしつつ、兵士、住民、学徒隊といった立場の違いでテーマを立てる形でした。
昨年の展示は、住民の様子をさらに分けて、戦時中の日常のような要素を入れていました。

今回、もし平和の礎に刻まれた戦没者を1つの柱にするのであれば、数ある証言の中から亡くなった場面をピックアップして、それが沖縄戦においてどういう場面にあたるのか、を考えてまとめる、という手順になるでしょうか。
例えば、戦闘で戦死した兵士、集団自決、艦砲射撃、馬乗り攻撃、など。
時期によって、首里陥落の前後、組織的戦闘終結の前後で分かれると思います。
そうすると、同じ体験者の方の証言が複数違う場面に出てくるという昨年の形になってきそうです。
家族がいろいろな時期に亡くなっていく過程、学友が亡くなっていく過程、など見えると思いますが、それはそれぞれの場面でパネルをつくって、それぞれの時系列に置くのがわかりやすいのか?
おそらくは、それぞれの時系列に置いて、○○さんのパネル①、というかんじで、他にもあることがわかるようにする、となるのではないかと。

離島の戦争については、時系列の中に入れ込むのか、離島の戦争コーナーをつくるのか、考えどころです。
時系列の中に入れると、そこがボリューム多めになります。
戦場体験の証言動画を見る会とリンクするなら、離島の戦争で1コーナーつくって、会場で読み直せるようにするのも1つ。

となると、まずは証言から、人が亡くなったシーンをピックアップすべし、ということでしょうか。
本島に戦没者メインでいくのかもまだわかりませんが、史料館・電子版に現在上がっている証言の中でその場面を見ておくのはやったほうがいいのでしょうかね。
と、「やること」としてさらっと書いていますが、まさに死屍累々な状況を見まくることになるのですよね。
戦争はそういうものであるわけですが。なかなかハードです。
法事のため実家に帰っています。
祖父と祖母の合同の、たぶん最後の法要です。
以前、このタイミングでなんとか父から戦時のことを聞けないかと思うと母に話していたのですが、その母が長期不在中で、父もあまりそういう雰囲気ではなく。
これは、このまま終わってしまうパターンなのだろうか。すでに手遅れ?
しかし、母が帰ってきてから、どうにか次の機会をつくりたいと思いなおすところです。まあ、母(ギリギリ戦後生まれ)からはまた別のことを聞いておかねばならないのですが。

そんなこんなで、お坊さんに来ていただき、読経の後、今回はみんなで外で食事となりました。
食事処に行って、ひとしきり食事を堪能し、帰り際、お店の人がお坊さんと、先代の話をちらっとしていました。うちの祖父と1歳違いでしたかね、という単純な年齢の話でしたが。
生きていれば98?とか聞こえてきて、そういえばお坊さんところの先代、シベリア抑留経験者だったか?そうか、亡くなったのか、と思いました。
田舎のお寺だと、お坊さん自身有名だし、お寺のほうは檀家のことはだいたい知っているものです。
そうであるなら、広報先としてあり得るのだろうか、と思いました。
全国の公民館にチラシを送るのはどうか、などと難しことを承知で提案したりしましたが、お寺もそういう対象になり得るのかもしれません。
あと、だいたいは地元の戦死者の法要はお寺でやっただろうと思われるので、名簿整備という点でも、幾分可能性はあるのかもしれません。当時フリガナを振っていたとはあんまり思えませんが、33回忌までやっていたら、お寺の代替わりの時に読み方を引き継いだりもなくはない?
あとは、もしかして、疎開を受け入れていたり、戦災孤児のお世話をしたりといったこともあった可能性もあるでしょうか。

どのくらいの規模の自治体のお寺ならいけるのかなどもまったくわかりませんし、無理という結論もふつうにあり得ます。
それでも、一応可能性は思いついたら書いておくべきでしょう。
戦没者追悼というと、護国神社が一番に浮かびやすいですが、実際に戦没者個人の法要を行ったのはお寺のほうが多いのではないかと思いますし、地元の各家庭とつながっているという点でも強い気がします。

利用することを考えているのもなんですが、戦場体験を遺すことが目的なので、罰当たりということはない、です、よね。
本格的に、6月の沖縄戦展のことを考えないといけない時期になっています。
会場のサイズ感がよくわかりませんが、骨格を決めることがまず必要です。
一昨日、会場のことについて書いたついでに、検討されている内容についてもちょっと触れたのですが。
そういえば、他に、平和の礎とリンクした展示をする話もしていたな、と思い出しました。

証言に登場する戦没者を平和の礎から探す、という企画。
実際探せるものなのかどうかが未知数なので、これは使うという証言をピックアップして試しに探してみるか、という話をしていました。
文字おこしプロジェクトで上がった証言を史料館・電子版にアップロードする作業他、事務局がやることがたくさんあるので、そこまで手が回っていないだろうと思われます。
いや、先に、沖縄「平和の礎」名前を読み上げる集い実行委員会に、昨年以降読み方が判明した名簿提供があるはずです。
まずは時間を捻出するのが課題のような。

ただ、忙しいのをさらに忙しくすることになるのでこれも微妙ですが、沖縄戦展より前に沖縄に行くかも、という話が浮上しています。
それも、摩文仁方面に。
ということは、平和の礎の写真など撮ることもできなくはない可能性が出てきたことになります。
土日強行軍でできるのかどうかは謎ですが。

その辺りも考慮にいれつつ、計画を立てていくことになります。
拡大事務局会議の日程もまだ決まっていないと思いますが(もしかしたら3日の講演会の後都合を聞いたりはしていたかもしれませんが)、次の「戦場体験の証言動画を見る会」辺りで何かしら話し合いをするのではないでしょうか。