あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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「戦場体験者と出会える茶話会」in福岡では、「引揚げ港・博多を考える集い」の方々にお世話になりました。
茶話会の会場にも昨日紹介した本の販売に来られていましたが、今度は長野県飯田市の満蒙開拓関連のイベントで、その本の注文のチラシを配布される予定とのことでした。
そちらのイベントに講師として招かれている先生が、チラシを持っていかれるのだそうで。
しかし、福岡の方々、そのイベントの正確な名前は把握されていないようでした。
それでもつながる各地の活動。バイタリティーがあるなあと思います。

検索してみましたが、今のところそれらしいのは発見できません。
飯田市の公民館で開催される集まりのようです。

飯田市の隣、阿智村には、満蒙開拓平和記念館があり、そちらのイベントかな?とも思ったのですが、関連情報は見つかりませんでした。
開拓団を多く送り出した土地で、満州にも村単位の集落があったということですから、そうした体験は掘り起こせばたくさん出てくるのでしょう。
「引揚港」は、もとは人々を送り出した港でもあるのだと思います。そういうところから、現在につながりができるというのは、なかなか興味深いというか、いいことなのだろうなと思います。

イベントについて情報ありましたら、教えていただけると幸いです。
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昨日の思い付きは、実際はもう数日前に考えていたのですが、早く書いていれば事務局の目に留まるというものでもなく。
「戦場体験者と出会える茶話会」in福岡まで2週間を切ったこの期に及んで、今やらなくてもいい話をしてしまいます。いや、昨日のを書いたついでということで。

ブログ係、展示のやり方など、会場に合わせて考えるような役割をなんとなく担っております。
ほぼ毎回違う会場で違うものを展示するので、それに合ったやり方を都度都度考える必要がありまして。
展示物の配置などは、事務局メンバーが決めるのですが、その辺も、この辺にどんな展示ボードがあって・・・といったことをできるだけ目に見えるようにすることを具体的に勧めたりもします。

そんなこんなで、「戦場体験キャラバン展」用の証言パネルは、フックが使える場所なら左右の高さの違いを気にせずほいほいひっかけるだけ、という形を考えて、仙台の前に作業していました。
仙台では、展示ボードの横幅と材質により、やっててよかったところはありますが、十分生かせたとは言い難い結果でした。
福岡の会場は、テープも画鋲も禁止らしいですが、ということは、ワイヤーでつるタイプなのか、穴あきボードなのか?
そういうタイプだと、この間の作業の成果が出やすい気はしますが、やっぱり使えない、という結果になることもあり得ます。福岡は特に、準備の人数が本当に少ないのですが、その状況でいけるのかどうか?なかなか恐ろしいところです。
もちろん、いかなる状況でも、展示完成させますけれども。
結論から言うと、「戦場体験キャラバン展」の証言パネル一覧は、独立した1つの印刷物として作ったらいいのでは?と思いつきました。
基本セットとしての33枚を固定するのなら、それの目録はもう、それだけで1枚として印刷しておけばいいだろうと。できれば、ちょっと厚手の紙か色のついた紙だと望ましい。

以下、背景です。

「戦場体験キャラバン展」は、体験者の方の証言タイムがある企画とセットでやると、いろいろと混乱を招くというのが課題となっています。
本の構成をもとにしているので、コーナーの章立てが「1日目」「2日目」というのになっているのが一番の原因です。
その辺の問題は、初めてキャラバン展を考えたときに、多少は予想していて、「文字の多い展示だから、各章の扉の説明を省いて文字数をへらそうと思う」という意見には、思いっきり反対したものでしたが。だって、それ省いたら本気で意味がわからないですから。
しかし、そこは一番省いてはいけない部分というのは認識していましたが、「はじめに」の部分やら、その他、何か少しでも間に合っていない部分があると、やっぱり意味がわからないのだということは、当日を迎えるたびに痛感するところです。

「1日目」とか「2日目」という表現が、イベントの1日目、2日目に見えるという点です。
「戦場体験者と出会える茶話会」と「戦場体験キャラバン展」がセットだと、本当に致命的です。
仙台では、「はじめに」部分が初日にできていなかったので(去年の浅草のものはつくった本人が存在を忘れていたようです)、その場で説明を書くという事態になりました。2日目からは、その辺意識したものを、事務局長御自ら作っていただきましたが。
当日配布資料をつくったメンバーからは、資料の最初に展示物の一覧があって、それから茶話会参加者の証言ページだったから余計混乱したかも、という話が出ていました。

この当日配布資料、毎回イベントごとで違う、ミニ証言会や茶話会に参加される体験者の方に合わせてつくるので、毎回ギリギリまで編集していて当日組むということになっています。
キャラバン展のパネルリストも、一緒にページ割に組み込まれることになっているのですが。
もう、これは独立でA41枚のものを作って、問答無用で配布資料の真ん中に挟み込んでしまうことにすればいいんじゃないかと思うに至りました。(今のところ個人的に思っている段階ですが)
そうすれば、その分は当日資料のレイアウトの時点で考えずにすむし、あらかじめたくさん作っておけるし、来場者が少なくて資料がたくさん余ることになっても再利用できるはず。
最後の「資料がたくさん余る」は、一番避けたいパターンではありますが、仙台では実際そういう状況になり、使いまわしもできない状況でして。それが、「独立させたら?」と考えたきっかけといえそうです。

キャラバン展の目録が挟みこみ別紙になっていると、茶話会のほうとは違うものというかんじも少しぐらい出せそうです。
展示そのもののオプションでどうにかすべきなのは間違いないのですが、資料のほうからのアプローチも、できるだけ全体が楽になる形でできればよいと思うのです。

と、資料作成をするメンバーに提案するより前に、ここで書いているのはどうなのかというところではありますが。
展示パネルが本当に固定になるのか、というのも確認する必要がありますし。
ただまあ、没になったとしても、こう考えたということは記録しておくと、後で参考になることもあるかもしれないので、個人ブログオーナー特権で書いておくことにしました。
「戦場体験キャラバン展」を提案した者としての責任、もそれなりにあります。

ともかく、なんだかんだリアルタイムで考えているうちに、「戦場体験者と出会える茶話会」in福岡まで2週間を切りました。(昨日が2週間前でした)


「戦場体験者と出会える茶話会」in福岡
【日程】9月9日(土)~10日(日)
【会場】ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)交流ひろば
【入場無料】
福岡のイベントを検索していたら、3年前のイベントがヒットしました。
新宿の平和祈念展示資料館が、2014年9月下旬に「特別交流展「引揚港・博多」」をやったというものです。
そういえば、それより以前には、沖縄で平和祈念展示資料館の出張展が行われたこともあったと思います。
各地の都市と連携しての展示というのが、省庁と関連のあるレベルの公的施設では、わりと頻繁に行われているものなのですね。

昨年は、しょうけい館の郡山出張展が行われていたのを当ブログでも書いていました。
昨年の表郷戦争回顧展と日程が近かったので意識したのだったと思います。
そして、それからしばらくして郡山市とサダコ鶴のことを書いたのですが、1年経ったら、それを実際見に行くことになったのでした。
書くと、何かの折に実際それに接するきっかけが訪れるものなのかと思うところです。

3年前の、福岡での特別交流展については書いていなかったなあと思ったら、2014年は、保存の会は仙台と長野で百人展をやっていて、9月ごろというのはその間の時期でいろいろとてんやわんやだったのでした。
そのとき自分たちの活動圏内に入っている地域の情報ばかりを集中して集めるという傾向があるのは致し方ないことで。(人員的な問題が常につきまとっておりますので)
でも、今年から比べれば、8月に仙台、11月に長野で展示というのは、ずいぶん余裕あったんだなあと思えてしまいます。今年はその間毎月茶話会&戦場体験キャラバン展開催ですからね。

こうしてみると、常に3年の間には急展開があるのが常の保存の会であればこそ、今のうちに視野を広く持っておくべきなのか?という気がしてきたりもいたします。
さすがに、今年よりてんこ盛りな事態というのは想像すると恐ろしいのですが、ないとはいえないですし。(うわぁ)

とまあ、その3年前の「特別交流展「引揚港・博多」、今回の「戦場体験者と出会える茶話会」in福岡の会場であるふくふくプラザの常設展「資料展「引揚港・博多」~苦難と平和への願い~」との交流企画だったために、特別気になったという状況なのです。

ちなみに、今年10月、平和記念展示資料館の出張展示が山口県下関市で行われるようです。
3年たって、そちらのイベントも福岡とはだいぶ近いところに、再びやってきたのですね。
やっぱり、3年後辺りを見越すことは必要なのでありましょうか。

無理だろうとわかっていながらつぶやかずにはいられなかったのでありました。そう考えたということを、意識のどこかにはとどめておきたいと思います。
8月23日、シベリアデーです。
「シベリア抑留」で検索すると、各地のニュースがヒットしてきます。

その中で目に留まったのが、舞鶴の中学生がシベリア抑留の「語り部」としてデビューしたというニュースです。
舞鶴引揚記念館が中心になって、「語り部」養成講座を行い、それを受講した中学生2人が、今月から語り部として活動を始めたということです。
戦争を伝える公的施設が、いよいよ戦争を知らない世代の語り部育成に力を入れる流れになってきたようです。

体験した本人が伝えるのとは、もちろんだいぶ違うところでしょうが、知らないから勉強して伝える、勉強したという過程も含めての継承というのは、あり得るのかもしれないと思います。
例えば、いろいろな体験者の話を聞いた若い世代が数人集まって、話し合ったら、1人で聞いたのとはまったく違う戦争の姿が見えてくるのかもしれません。

よく言われるのは、これからの戦争は、72年前の大戦のような戦いとは違う、ということです。
実のところ、私もイベントが連続している間に、確かに今72年前のようなことがリアルに起こったら、どうかしている、と思いました。
そのくらい、ありえないことをやっていたんだなあと。
しかし、実際には、ミサイルに猟銃で抵抗するような戦いは現在もあるようですし、自爆攻撃は今も頻繁に起こっているわけで。
戦争の中にある本質的な何かは、きっと変わりなく存在しているのだと思います。
それを体験して感じた人々は、刻一刻といなくなっていきます。
戦争を語り継ぐ、というのが、「戦争の本質に迫ろうとする」ことであるなら、体験したかどうかに関係なく可能なのかもしれないと、最近思うようになっています。

とはいえ、今はできる限り、体験者の方と接して、直接話を伺う機会を持つべきときだと思います。
それは、若手による継承と相反するものではないはずです。

今日の各地のニュースの中で、保存の会もお世話になっている体験者の方々のご活躍も見かけて、心強く感じました。
一方では、昨年まで千鳥ヶ淵でお話しされていた方が今年はいらっしゃらない、ということも思い出すのですが。