あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
TOPフリーエリア
65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
元兵士の連絡所


元兵士から孫世代まで、ご連絡をお待ちしています
※質問、疑問などもお気軽にお問い合わせください
電話 03-3916-2664
※戦場体験史料館開館時間=火・木・土・日・祝日の10時~17時
FAX 03-3916-2676
e-Mail senjyou@notnet.jp
※FAX、Mailは24時間受付
住所 〒114-0023 東京都北区滝野川6-82-2
     戦場体験史料館内・元兵士の連絡所

戦場体験史料館までの道順
沖縄慰霊の日です。
過去3年、沖縄戦展、沖縄の戦争展を慰霊の日の前~当日ぐらいに合わせる形でやってきたので、自分たちがこの時期に沖縄戦イベントをやっていないのが不思議なかんじがします。
今年は、沖縄でのイベントを来月に控えながら、この日を迎えました。
土曜日だったので、お金があるなら、現地に行くという選択肢もあったのでしょうけれど。事務局メンバーは、相当忙しくしています。

沖縄のイベントをやるようになって4年目。
沖縄キャラバンをやるようになってからは、2倍の8年ほど。
その間に、沖縄と本土との間の決定的な溝はまだ埋まっていないように思います。
いがみ合う国同士でも、人々どうしが憎しみ合っているわけではない。
けれども、国の政策で、憎しみ合う人々が生まれるのが戦時の宿命だということは、体験者の方々みなさんの証言から伝わってきます。
憎しみを抱くことが当然だった時代(という言葉はあまり使いたくないのですが)が確かにあった。
人々の声が、「国」に届かない。けれども、今は、声を上げる人たちは存在する。
いまだに助けを求める人々もいます。

沖縄に行って座り込むよりも、本土で自分たちで働きかけてほしい、という声も多くあると思います。
その中で、今年は保存の会も、沖縄に行ってイベントを行います。
やってよかった、といえるものにできるのか、というか、どうにかそうしなければならない、ということに、いつもと違うプレッシャーもありますが。
ギリギリの人数で、ともかく臨みます。

亡くなった方々、障害を負われた方々、孤児になられた方々、いまだにケガやPTSDで苦しむ方々、全ての「犠牲者」の存在が伝わるものであるように。
それが、今回の展示とゆんたくの意味なのではないかと思います。
スポンサーサイト
会議後に話し合ったことを、忘れないうちに書いておきます。

ナガサキピースミュージアムの展示は、セッティングをするところまでやれば、あとは館のスタッフの方が対応をしてくださることになっています。
これまでもいろいろな展示についてやってこられたと思うので、安心してお任せすることになるわけですが。
とはいえ、初日はちょっと保存の会メンバーでギャラリートークみたいなのをやったほうがいいんではないかと話しました。
要は展示物の説明ですが、主催者側がやれば、集めた各証言の背景を、戦争のことと保存の会の旅のことと両方から話せる面があると思うのです。
それぞれの方との出会いのエピソード、人となり、そのときの様子なども交えてお伝えできると、いかにも戦場体験聞き取りキャラバンの報告、というかんじになるのではないでしょうか。

ここからは、私の勝手な考えですが。
いずれは、そこから一歩進んで、パネル貸し出しの際などにも、必要とあればそういう要素を付加することも考えられそうです。
体験者の方と出会うのが難しくなってきた時期ではありますが、それでもこれから聞き取りを始めたいという方もいらっしゃるかもしれません。
茶話会のマニュアル作りと合わせて、聞き取りのポイントや苦労話、喜びなどもセットにできたらいいんではないかと思います。
ナガサキピースミュージアムの展示について、新しい事実が判明しました。
火曜日からの展示ですが、展示の作業をするのは日曜日の夕方ということです。
月曜日は完全閉館であって、展示の入れ替えをここでやるようにはなっていないようです。

ということは、8月12日(日)に準備をして、14日(火)の初日に様子を見るということになると、13日(月)は、長崎で一日フリーになるということになります。
聞き取りが入れば幸い、というところですが、お盆の真っただ中にそんな都合よくお話してくださる方に巡り合えるのかどうか。
まあ、原爆資料館が新しくなってから(新しくなったといっても、だいぶ前ですね)は行ったことがないので、そういうところに行ってみるのも一つではあると思います。
東京からではめったに足を運ぶことのない長崎。
ここで1日フリーな日ができるというのは、何かのきっかけでもあるのかもしれません。

沖縄などは、暑い最中に行って、暑さを感じる間もないかもしれない余裕のなさなのに比べると、やれることはいろいろあるということになります。
よい出会いがあるよう、今からアンテナを張っておきたいところです。
6月は沖縄平和月間です。
各地で平和学習や平和祈念イベントが行われています。
慰霊祭も行われています。
沖縄の新聞を見ていると、各市町村の役場前などに、慰霊塔があるもののようです。そこの前で慰霊祭が行われます。
近年は、体験者の高齢化のため、全員参加的な形を終わらせる例もみかけますが、そういう場合でも、有志により続けられています。

5月末に第32軍司令部が首里を出てからは、散り散りになる部隊も多かったようです。
直接の命令系統を失いながら、各部隊、またその一部が、死に場所を求めるように最後の戦闘を繰り広げていたといえます。
毎日数名ずつ斬り込みに出て帰らずに終わるというお話も伺っています。
そういう、玉砕が日々展開していたときです。

今日は、大田実少将率いる海軍が玉砕した日です。
そういう日を、日々思い出します。
知り合いの誰かの誕生日とともに。
そういうのに関連して記憶してしまっています。
誰かの生まれた日と、誰かが戦争で亡くなった日が結びつくのも妙な話ではあるのですが。
こういうのも、日常の中に戦争の記憶があるというべきなのでしょうか。いや、私と、たまたまその日を知った本人ぐらいですよね。

じりじりと追い詰められていた73年前の日々。
玉砕という言葉と共に、その絶望的な状況に思いを馳せることも必要かもしれません。
そして、そうした戦いに巻き込まれた一般市民が、亡くなった日もわからないようにして、人知れず命を失っていたということも、忘れてはならないことでしょう。
沖縄イベントに向けて、テープ起こしなどやっています。
その中で、困ったことに遭遇しました。
どういう被害に遭っているかはだいたいわかるのだけれども、ご本人がビデオカメラの前でその話をされていない、という事態です。

保存の会の活動は、ご本人の証言を映像に記録することです。
編集は行わないので、一次資料として残るわけで、語られたことを切り捨てるということはありません。
一方で、事実として知っていても、語られなかったことを追加することはできません。
この人はご家族を失ってこういう被害に遭っている、という情報はあっても、ご本人がビデオの前で語られなければ残らない。
映像の背後の自分がそれに焦って、どうにかその話にもっていこうとしているのを改めて客観的に見てへこみました。

戦争だけはいけない、と繰り返す映像は、ご本人の言葉なので実感はこもっています。
しかし、なぜそういうはなしになるのかが、具体的に伝わらないのでは、その訴えは生きてこないと思います。
現実に残った映像を見ながら、残念な気持ちになります。
具体的な話をいかに引き出すかは、そこに意図が入るとしても必要で、それがうまくいかなかったときはへこみます。
それがわかっている映像をテープ起こしするのは気が重いです。

概要としてまとめるときには、基本情報として文章中に入れることはできるのですが。
証言をそのまま映像で残すというのは、本当に一筋縄ではいかない、と思うのでした。