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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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保存の会公式twitterが、広島の被服廠保存活動についてツイートを重ねています。
東京でも連続講座が開かれるようになり、保存活動は全国に広がってきつつあるようです。

というところで。
今週土曜日が拡大事務局会議で、2020年度の茶話会はどうするのかを話し合うタイミングです。
茶話会、ひとまず10月~12月の間に浅草で1回は確実として、他をどうするか。
6月には沖縄のイベントをやるはずなので、5月と夏ごろに、ということになると思います。
本格的な茶話会かどうかはともかく、富山で何かやるというのが1つあります。それが夏になるでしょうか。
もう1か所ぐらい、茶話会を企画するとしたら?
いっそ広島でやったらどうだろう?と思いました。
百人展の頃から、いずれは広島・長崎でも、という話は出ていました。
長崎は、一昨年「戦場体験聞き取りキャラバン報告展」として実現しました。茶話会ではありませんが、トークイベントも行いました。
被服廠の件で関心を持ち、ささやかながら動いているメンバーもいるこのタイミング、いっそ広島での茶話会をここで実現してはどうだろう?ということです。

できれば、現地の方と一緒に開催して、被服廠の建物ツアーとセットのイベントに。
展示も、被爆した建物とそれにまつわる歴史(原爆投下以前も含めて)関連を一緒にやって、保存の会としては、大戦の全体像を持っていくとか。
耐震ができたら被服廠の建物で2回目の茶話会をやるのを目標に、とか?
wikipediaを見たところ、過去にいろいろと博物館などとして利用する案が挙がったことがあるようですし。
耐震補強に1棟20億余り、という数字が書かれていました。
保存の会は参加費の必要なイベントは行いませんが、イベント開催をきっかけに、資金を集める方法を話し合うことを含めた交流座談会を併せて行うのも一つ。
広島県が3棟、国が1棟管理しているので、直接管理費を届ける形があり得るのかも調べる必要がありますが。

ひとまず、大戦について話し合いが盛り上がる場を試しにつくってみるのはありなのではないでしょうか。
何より、広島でのイベント、「いずれは」という段階から「今年どのようにして行うか」という段階に話が動かないと、なかなか実現しないものなので。逆に言うと、その段階に入ると、もうやるしかないというので、どうにかやってしまうものです。
広島茶話会、まずは会議に提案してみようかと思います。
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昨日までの話の流れで、もう少し。

例えば、建築家が戦跡の建物の構造とその補強プランを展示するとしたら、できれば複数の建築家が参加するほうがよいと思います。
絶対に物理法則的にこうだという内容や、建築の教科書にあるような内容はあるとしても、ある方法で耐震が十分であるかについて、建築家の間で意見が分かれることもあるのではないでしょうか。
そういう、そもそも本当に耐震強化すれば大丈夫なのかというところから、耐震の技法的なところまで、複数の専門家が集まれば、議論の余地があるはずです。
それを、いかにわかりやすくするかにこだわりながら、議論していく過程自体が、展示になり得そうです。
シンポジウムというのか、トークバトルのような企画も考えられるかもしれません。
実質コンペということになるのでしょうが、賞金は出せないはずなので、自分の知識や経験の成果を見せるのをやりがいとして応募してもらえるといいのではないでしょうか。
もとより、保存活動への自主的参加が本分なので、全てはその達成を目指す過程です。
もちろん、建築の分野だけでなく、いろいろな方面で喧々諤々すればいいと思います。

結局は、パブリックコメントをイベントとしてやっているようなものですが、行政機関の中だけでその整理を行うより、広くいろいろな人たちが決定に向かう過程を共有できるのがいいだろうと思うのです。
保存できない理由の大きなものに、安全性と並んで予算面がありますが、たくさんの人が考える機会があれば、継続的な維持費が生まれる可能性も広がるでしょう。

と、戦跡保存の話をしていますが、証言にしても、記録にしても、残していこうとすると共通してぶつかる問題があるわけで、その辺をどう解決していくか考えてみているのです。
保存の会が2020年度に何をするか、というのも、ずっと記録を残していくためにどうするか、ということとつながっています。
キャラバンがスタートしてあっという間に10年が経とうとしています。
10年先はてはさらに75年先をみながら今何をするかを考えようとしたらこういう話になってきたのでした。
昨日、それぞれが本業の能力を持ち寄って活動を支えることについて書きました。
それをもう少し見える形で、展示などできるのでは?と思いました。

戦跡については、展示をするとしたら、歴史的方向からが主になると思います。
それがそこに存在することになった背景、その建物が経てきたその地域の歴史、時には地形や地質のことも交えて、というのが基本の展示になるのでしょうが。
例えば、そこを使った平和学習、歴史の勉強の実例の展示などもあり得るでしょう。同じその建物の歴史についての内容でも、例えば小学生が調べたものなどであれば、だいぶ趣が変わってきます。発表するために本を読む、地域の人にインタビューするなどの過程も添えれば、立派なレポートです。
建築の方面から、この建物はこういう作りになっていて、この辺が耐久性が弱っていて、こうすれば補強して保存できる、というのを見える形で展示するというのもありだと思います。これは、実際補強が完成したら、ビフォーアフターの展示ができるはず。
他に、同様に保存されている他の地域の似たような建造物の例なども並べることができそうです。
戦跡保存については、全国ネットワークがあって、大会を開いているはずなので、その報告を各地の展示として行うのもありでしょう。

1つの戦跡が、いろいろな人にとって価値のあるものだということは、けっこうあるのではないかと思います。
また、それについて発表することが、本業のアピールになる自営業の方もあるかもしれません。無償、とはいっても、それで社会に活力が出るなら、ビジネス面に結び付く関係が生まれてもいいのでは?という気もします。

その戦跡がもつ価値に、その戦跡を巡る人たちの活動を追加の価値として上乗せしていくことができるのではないか、ということです。
そういうのが、共通の財産ということなのかなと考えました。
最初は「いろいろな活動紹介コーナー」という記事タイトルで考え始めたのですが、なんだか話が大きくなってしまいました。
戦跡を保存しようとする活動は、日常的にもあるのですが、いざそれが失われようとするときには、短期集中で活動を盛り上げる必要が出てくるものです。
昨日、広島の被服廠のことを書いて、改めて思いました。
だいたい、解体されるときの一番の理由は耐震が不十分、老朽化で危険、というのが最初に来ます。
沖縄のガマなども、充填剤を入れて埋められたものがけっこうあります。
広島の被服廠も、今回は構造上の安全面についてを基本にパブコメを募集しているもののようです。

こういう場合に、保存活動をするメンバーの中に、建築士や土木の専門家がいると、耐震工事が可能か、どの程度費用がかかるか、など、自分たちで調査して資料をつくることができるのだろうと思います。
いろいろな運動が弁護士の支援を受けているのを見かけますが、弁護士はそれだけをやっているわけではないでしょう。少なくとも、弁護士事務所としては、様々な案件を抱えているはずです。

「無色・無償・無名」を掲げる保存の会は、この活動を生業とするメンバーはおらず、みんな別の仕事を持っています。主婦や学生もいます。
そのおかげで、行政や企業の援助を受けずに活動を続ける基盤があるといえます。
本業の専門性を活動に生かしているメンバーもいます。保存の会公式サイト「戦場体験史料館・電子版」は、そういう専門家が作っています。
逆に、保存の会をやっているうちに身に着いたことが、就職の役に立っているメンバーもいるようです。

共通の目的のために、いろいろな職業(あるいは趣味)の人が集まるとできること、というのがあるのだと思います。
もちろん、専門性は関係なく、関わり方も浅く深く様々でいいと思います。
大きく見れば、国というのもそういうつくりをしているわけで。
戦争の記憶を残そうという活動は、いろいろな人たちが力を持ち寄って、共通の願いを実現する過程が見える「公共事業」の1つなのかもしれないと思いました。

ただ、職業軍人以外の軍隊構成員もそういう要素があるので、何を目指すのかということは重要なのだろうとも思います。

なお、私が保存の会で役に立っているとすれば、それは職業からくるのではなく、趣味の分野で積み重ねたものによるところがほとんどです。どちらかというと、保存の会で活動して鍛えられたものが仕事に役立っているほうかもしれません。
ブログ係の会議前の一人試行錯誤特集となってきています。

12月の浅草茶話会では、富山空襲を語り継ぐ会の方が富山でも茶話会をできないかという相談を持ってこられました。
いきなり鹿児島のようにはいきませんが、何かしらお手伝いをしようと動いています。

保存の会でも、2019年度はいろいろなところで小規模茶話会をしたいという話をしていました。
それは、浅草や大井町までは出てくることができなくなったけれども近くでなら参加できる体験者の方が複数いらっしゃる場所での開催が前提でした。
貴重な体験を語れる方に、まだご活躍いただきたいという思いからです。
しかし、具体的に動くには至りませんでした。
主要メンバーが動けない事情を抱えていたというのもありますし、沖縄の戦争展や茶話会の展示を新しくするために準備作業に時間がかかったのもあります。
そんな中で鹿児島での茶話会がスピード実現したのは、やはり「地元でも茶話会をやりたい」という体験者の方の思いと行動に動かされたためです。
万難を排してやらねば、ということになれば、やることだけを考えてそこに向かって突き進んでやってしまうのが保存の会です。
ということで、「ここで、茶話会をやる」と決める何かがあると、事態が動くのだろうと思います。

何か、というのは、たぶん、ご縁です。
もう少し詳しく言うと、それぞれの地域で活動されている方の、「地元でも茶話会をやりたい」という声です。
それには、保存の会が茶話会というものを行っていて、自分のところでも開催したいという方に協力できる余地があるというのが伝わることが必要ではないかと思いました。
各地で活動されている方、地元の体験者の方のお話をもっと伝えたい方などに、名乗り出ていただければ、と思うのです。
キャラバン2周目にあたっても、保存の会のほうでも、各地の新聞記事や戦争関連資料館を調べ、さらに証言を残そうとしています。
2018年度から、キャラバンについての新しいチラシを置いていただけるところを探してきました。
反応はいま一つというところですが、もしかしたら、聞き取りに行くというだけでなく、茶話会や展示など、イベントの形での協力についてもう少しアピールしたほうがいいのかもしれません。

タイトルは、チラシ、ということで書いていますが、それをどこに置くということを考えると、堂々巡りになってしまいます。
要は、「地元でも戦争体験を伝える何かができないか」「地元で今行っている戦争体験を残す活動をもう少し活性化できないか」という相談をしてもらいたいということです。
もちろん、相談の全てに保存の会が企画して応えるということはできないかもしれませんが、ノウハウ提供はできるし、どこかで茶話会開催するときには、他の地域の相談者の方をお誘いするなどはあり得ると思います。

結局は、これまでの活動の報告が、全国各地の方々にとって、「自分たちにも関係のあること」と思っていただくには、という話ですね。
考えながら書いていて、整理できてきたような、さらにとっちらかってきたような気がするので、一旦締めて、また会議までの間に考えてみることにします。