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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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戦場体験史料館までの道順
9月8日(水)の夜、東東北チーム番外編から、帰りついているという連絡が入りました。
帰りは夜行バスではなかったようです。
浅虫温泉のホテルでは、戦友会参加者さん全員での座談会的なかんじで収録を行ったとのこと。めったにないやり方なので、どうなることかとハラハラしながらの試みでしたが、この形でよかったと思える展開で、成功でした。お互いの体験を補完しあうような話が出てくる場面も多々あったようです。
そして、オマケというのか、「最後の戦友会」ではなくなるかもしれないそうです。来年の開催を楽しみにされている体験者の方も多かったとのこと。

ハプニングがありながらも、東東北チーム番外編は成功だったといえます。
お招きいただき、ありがとうございました。

番外編のメンバー、お疲れさまでした。
また後ほど、詳しい報告があれば公開します。
東東北チーム番外編、9月7日(火)の続報です。

午前中の空振りにショックを受けた一行、一路浅虫温泉へ。
全国キャラバン隊は、貧乏旅行が基本でしたが、今回は豪華温泉ホテルに宿泊。今回は、戦友会の会場であるこの場所に宿泊するのもミッションです。もちろん自腹。いろいろな意味でドキドキ落ちつかない一行であります。
懇親会のためカメラは回さず、ホテルの食事とお酒を囲みつつ、思い出話を伺うといった雰囲気です。

戦友会は、体調を崩された方が1名いらっしゃったため、8名の方で開催となりました。
47師団(弾)131連隊第3中隊。日本が初めて中国に押され、多数の戦死者が出た湘南作戦に参加した部隊です。
皆さん、どこでどなたが亡くなったのかということを、とても大切に思われており、記録もされていました。
いろいろな年齢の方がいらっしゃいますが、当時の上下関係を感じさせない集まりです。
歌の時間もあり、当時をしのびながら、最後の戦友会は盛り上がっていました。

体験者の方々と同じ屋根の下に宿泊した後、解散までの時間により深い話を伺うことになります。
全国キャラバン隊東東北チーム番外編、9月7日(火)の様子です。

9月6日(月)の夜、夜行バスで旅立った一行。
青森県八戸市でバスを降り、少し戻って、岩手県二戸市へ。
8月の全国キャラバン本陣では日程が合わなかった方の聞き取りに向かいました。
・・・が。なんと、ご本人が病院にお出かけになってお留守。ご家族の方によると、戻りは午後になるとのことで。
浅虫温泉まで行かねばならないため、取材は断念することになりました。
予期せぬ出来事に衝撃を受け、今後に不安を覚えつつ、再び青森県へ。当初の目的地、浅虫温泉へと向かうのでした。
全国キャラバン隊「夏の陣」本隊が戻ってきてすぐ、東東北チーム番外編がスタートしています。
浅虫温泉で、最後の戦友会にご招待いただきました。その途中、東東北チームの旅と日程が合わなかった方のお宅にもお邪魔します。
信州・北陸チームが帰りついた当日の夜から、保存の会メンバー2名が夜行バスにて青森へと旅立ちました。

◆◆日程◆◆

9月6日(月)
夜~東京より夜行バスにて出発

9月7日(火)
午前、八戸着→岩手県二戸市
取材場所:岩手県二戸市
体験者の方のお宅での個別取材
体験者の方
◎ルソン島。88歳。

午後、浅虫温泉へ
15:00ごろ~青森県浅虫観光ホテルにて、47師団(弾)131連隊第3中隊の最後の戦友会に合流。
体験者の方9名が参加されます。
会合時に、保存の会の説明時間をいただいた後、会食。

9月8日(水)
午前、ご招待くださった方他、取材に応じていただける方の聞き取り予定。
昼食後、解散。
保存の会メンバーは東京へ。
8月18日(水)の東東北チームの様子です。
今回も、メーリングリストに流れた現場からの報告を転載します。

◆◆◆

本日はこのキャラバン始まって以来唯一の3人そろっての行動となりました。

午前中はレンタカーで八戸市郊外の観光農園へ。
9時半に着くともうブルーベリーがりのお客さんが来ていて、小さな女の子が腰に小さなかごをくくりつけて貰っていました。
自家製の梅ジュースをよばれながら大畑さん(通信兵・中支)の聞き取り。お土産にブルーベリーをいただき、ひ孫さんにも見送られて、午後の会場となる八戸市立図書館に移動。
こちらは市史編纂室の大久保さんが2部屋を用意して迎えてくださいました。図書館長さんにもごあいさつ。

図書館入口までお話をしてくださる方の出迎えに伺うと、私の右背後に人影。振り返ると軍帽(何というのでしょう、南方のあの垂れ幕がついたやつです)をかぶった方が立っていました。お話を伺う日當さんです。

大きなバッグに軍服上下(夏)、飯盒、水筒、寄せ書きを詰め込んで持ってきてくださいましたが、軍服は当時
ブーゲンビル島で知らない遺体から取ったものだとのお話でした。
日頃その恰好で戦争のお話をする(個人)活動をしておられるそうです。

一方もうお一人の風張さんは60名の小学校の同級生のうち14名が戦死されたとのこと。その悔しさがお話をさせているのだと思います。

今日の3人はいずれも地元からでかけて地元に戻りそのまま65年土地で生きてきた方たちでした。
それは戦争の記憶を都会よりはっきりと繋ぎ止めていると感じますが、だからこそ語ることは難しいのかもしれないし、周りに聞く人も少ないのだなと感じる1日でした。

なお今日の図書館での収録会は明日のデーリー東北でご紹介いただけるそうです。
また夜は大変お世話になった市史編纂室の大久保さんとのお食事でしたが、一同、5日分の興奮と疲れとお酒と大久保さんのお人柄で語る語る・・・。

明日は私は海沿いを4時間半南下して釜石へ。
2班は一関へ戻り15日の記事を見てご連絡の90歳(中国・フィリピン)の方へと、それぞれ本キャラバン最後の聞き取りに向かいます。

◆◆◆

連日長距離移動の東東北チーム、お疲れ様です。この日は、3人そろって八戸市で、少しだけ落ちついていられた日だったのではないかと思います。
そんな長旅も、いよいよ最終日となります。最後までよい旅を。