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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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戦場体験史料館までの道順
秋田キャラバンの様子、後半2日分のおよその内容がメーリングリストに流れていましたので、一部掲載します。
9日の収録後帰途についたメンバーからの報告です。

◆◆◆

9日は2班が大仙市で1班は横手市で聞き取り。
私どもがお話を伺った佐々木宏助さんは満州からカザフスタンへ抑留。
司令官の当番隊長だったそうで敗戦時白旗を持って歩く役を務めたお話や、抑留とは思わず司令部自体がロシアに送る作業大隊の編成を行ったお話などが印象深いものでした。
「平和国家で行くというのならばこそ戦争の事は良いことも悪いことも伝えなければいけない。意識を持って誰かがしなければ風化するのは当然」
「私は兵役と抑留と併せて若い時代の7年を奪われたという気持ちがある」
という最後のメッセージがとても心に響きました。
車でご一緒してくださった大仙市遺族会会長の川尻さんも喜んでくださってこれからのご縁も出来ればと思います。

私は先に帰京させて貰った10日、1班は秋田市の遺族会館を借りて怒濤の3人続けての聞き取り、2班は角館での収録を行いました。
角館の藤原剛さんは従軍前の樺太での石油工場勤務の後海軍へ。
アッツ島への補給に当たっていましたが米軍上陸直前に胃潰瘍で戦線を外れ生還されたお話だったようです。

ちなみに7~9日は年に一度の角館のお祭り。
9日は夜通し山車が交差点でぶつかり合いを繰り返すクライマックスで角館の宿は取れないと思っていたのですが
しっかり当日キャンセルの部屋を見つけたらしくこちらの方も楽しまれたようです(うらやましい!)。
そして角館中の人の例に漏れず証言頂いた藤原さんも徹夜でお祭りを見て仲間達と飲み明かしたあと朝の町内の会合を済ませそのまま証言をしてくださったとか
恐るべし91歳。。。

ところで今回の秋田キャラバンは全面的に秋田県遺族連合会の田口事務局長にお世話になりました。
これまでのキャラバンでは各県の遺族会にご連絡を取っても元兵士の方とは驚くほど接触が無いという印象を持っていましたが、秋田県は昭和40年代に遺族会館を作る時に傷痍軍人会や軍恩関係の団体も会館に入れたため、全国でも珍しい強い結びつきになっているようです。
こういう御協力があるとまだまだ地元の体験者はおられるのだなと実感する一方、東京からのキャラバンの掘り起こしでは手の届きようがないとも。

秋田については今回南部を廻りましたが、北部を中心に次回を計画出来るかもしれません。
秋田キャラバン初日9月8日(土)の様子です。2班からの報告です。メーリングリストには旅の最中に投稿されていましたが、掲載が遅くなりました。

◆◆◆

私の方は秋田県遺族会連合事務局長の田口さんの車で黄金色に色づきだした田園を抜け男鹿(おが)半島へ、日本地図を見るとき秋田だと分かるあの突起部分の半島です。
男鹿半島と言うと申し訳ないぐらいになまはげのイメージしかないのですが、実際市に入るとすぐに2~3階建てぐらいの大きさの赤鬼・青鬼の人形が迎えてくれます
大きな人形はほかにも幾つか見かけて、仕舞にはENEOSの看板の下にまで小さな鬼の絵。
ソ連からたびたび流れ着いたロシア人漁師のイメージがなまはげになったというのは昨日初めて聞きました。
お昼休みにわざわざ海岸沿いを車を走らせてくださいましたが、漁師町の風情の一方で巨大な石油備蓄基地が置かれています。
道を大きく曲がった瞬間眼下一杯に広がる日本海がとても綺麗でした。


午前中にお話を伺った沢木勝雄さんは連合艦隊の特設給油艦・雄鳳丸の乗員、8000トンの油を積んで大和や武蔵などに給油を行っていましたが、レイテ沖海戦前後のお話はよく本で見かけるのと違うところも多く、その後3発の魚雷を被弾し船が真っ二つになったものの数分違いでいつもと違った行動をとっていたため助かったお話、その後セレタで機銃掃射を受け入院、1人重体だったため乗れなかった緑十字船阿波丸が沈没と紙一重を何度か繰り返しておられます。
内地に帰還後海軍病院でも患者には極秘、少秘、一般と等級があり、連合艦隊の負傷兵は極秘で家族の面会が許されなかったというお話も興味深いものでした。

午後は男鹿市に450年以上続くお宅の加藤与治兵衛さん(92歳)のお話、1代目からお名前はずっと加藤与治兵衛さんのようでそれで10人兄弟ただ一人の男の子だったと言うのですから・・・
昭和14年から敗戦までの中国のご体験で所属した部隊の本隊はニューギニアに行っているのですが、その先遣隊に入ったところ中国内での移動中に共産党軍との大きな戦闘があり、先遣隊だけがニューギニアに行かなかったという幸運がここにもありました。
とは言ってもその後編成された特別任務の部隊は重慶近くの要所要所で爆雷を持って自爆する任務と言う現在を彷彿とさせるお話。戦後復員省に関わりそのために秋田ではただ一人敗戦後臨時招集を受けたと、こちらもあっと言う間の3時間半でした。

一方1班は受難の一日だったようですが午前中の方がご本人はお話する気持ちなのに突如ご家族が反対。
しかしご本人は彼を是非とも帰したくなくという状況だったようで、結局収録は出来ないまま戦争とは違うお話を数時間聞いて帰ったそうで切なくなります。
このような事が実際にお邪魔してから起きてしまうのはまれですが、しかしながらこの1年ほどしばしばある傾向だと感じています。

午後は秋田市内の山田實さんからカロリン諸島の小島でのお話。
こういう状況で起きそうな事が起こったようで近く報告があがるでしょう。
本日9月10日(月)の秋田キャラバンの日程です。
最終日ですが、お話しいただく体験者の方の人数でいうと、メインのような状態です。

●1班
秋田市
体験者の方3名聞き取り予定。

●2班
午前:仙北市。体験者の方1名。

秋田の皆様、最後までよろしくお願いいたします。
本日9月9日(日)の秋田キャラバンの日程です。
体験者の方の詳細等、やはりまだわかりません。
今日はメンバー3名全員参加です。

●1班
午後:横手市。体験者の方1名。

●2班
午後:大仙市。体験者の方1名。
メンバー1名合流

秋田の皆様、今日もよろしくお願いいたします。
本日9月8日(土)の秋田キャラバンの日程です。
体験者の方の詳細等、まだわかりません。明日以降は、もしかしたら事前にわかる方もあるかもしれませんので、そのときは先にお知らせします。

●1班
午前:秋田市。体験者の方1名。
午後:秋田市。体験者の方1名。

●2班
午前:男鹿市。体験者の方1名。
午後:男鹿市。体験者の方1名。

秋田の皆様、よろしくお願いいたします。