あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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全国キャラバン「夏の陣」先遣隊改め殿(しんがり)で聞き取りを行った方の一覧表です。
お名前から、それぞれの方の証言にリンクしています。

お名前の公表の可否を判断するため、戦場体験放映保存の会メーリングリスト等に証言レポートが上がった方についてのみお名前を載せています。今後もレポートが上がれば、その都度当ブログで公表し、こちらにリンクしていきます。

先遣隊改め殿(しんがり)
訪問都道府県:新潟県、福井県
日程:9月17日(金)~9月20日(月)
※9月17日(金)は深夜出発のみ、9月20日(月)は帰路


◆◆9月18日(土)◆◆

福井県池田町
午後:
◎村内甚之助さん
戦地等:陸軍。ビルマ~インパール作戦、イラワジ会戦、マンダレー作戦、トング作戦


◆◆9月19日(日)◆◆

新潟県柏崎市
午前:
◎中島藤一さん
戦地等:陸軍。中国戦線。湘桂作戦等
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当初7月に先遣隊としてお邪魔する予定だった福井の体験者の方を、「夏の陣」の殿(しんがり)として取材しました。
メーリングリストに流れた取材報告を公開します。

◆◆◆

◎村内甚之助さん

1922年(大正11)生 88歳
野砲兵第21連隊(祭7378 京都)
最終階級 陸軍伍長(砲兵)

昭和17年(1942)後半、徴兵検査。
昭和18年(1943)2月10日、京都の野砲兵第21連隊に現役入営。
当時、野砲兵第21連隊は南京の警備を担当していたので、南京に移動。そこで本格的な初年兵訓練を受けた。「ご存知のように、それはもう凄いものでした」と苦笑い。詳細は話してもらえなかったが、その分、訓練を凄まじさがうかがえました。

昭和18年6月、ビルマに転進命令が下る。上海からタイ・チェンマイを経由してビルマ・マンダレーに到着。マンダレー到着は8月頃でした。
タイまでは海路だったが、そこからは徒歩行軍だったそうです。すでに制空権は連合軍の手に渡ろうとしており、昼間行軍は出来ず、夜間の行軍だったとのこと。
野砲兵第21連隊が装備していたのは95式野砲(だったと思うとのこと)。連隊は3個大隊あり、1個大隊は3個中隊に分かれ、1個中隊4門の編制だったそうです。村内さんの所属は第2大隊第4中隊。1個大隊はタイに残置したので、
ビルマに移動したのは2個大隊でした。野砲は1門につき2~3頭の馬で牽引しました。

マンダレーに半年ほど駐留した後、昭和19年(1944)3月、祭第15師団隷下部隊としてインパール作戦(ウ号作戦)に参加します。
戦記では、野砲は山中に運べないので旧式の山砲に変更させられたとあるので、村内さんに聞いてみましたが、少なくとも村内さんのいた第4中隊は野砲のままだったそうです。他の部隊のことは知らないとのこと。ただ、野砲を山中に運べなかったのは事実で、村内さんの第4中隊も野砲は残し、擲弾筒や迫撃砲を装備して作戦に参加しました。おかげで本来、後方にいるべき野砲兵が最前線に配備され、戦死した戦友も多く出たそうです。

作戦中、被害が増大していくと、中隊単位での活動は困難になり、いくつかの中隊が合同して混成部隊となっていきました。とにかく、食料や弾薬など補給が何もなかったことには大弱りで、「あんなひどい戦をよくやらせたものだ」と悲憤興奮されていました。撤退時には文字通り、白骨街道の中を通り、自決用の手榴弾を求める兵士の声を何度も聞いたそうです。
「うまく言葉に出来ないのがもどかしい」「その様子は、とても口で言えるものではない」と村内さんは何度もおっしゃっていましたが、もっともなことだと思います。

インパール作戦後、イラワジ会戦、マンダレー作戦、トング作戦などに従事。
野砲は対戦車砲として使うようになり、やがて破壊して撤退を続けました。
昭和20年(1945)6月、ビルマ・トング東方で敵弾の破裂で負傷。第15師団の野戦病院に入れられます。この野戦病院がまた、病院とはとても言えないひどいところだったそうです。
野戦病院が後退するとき、象に乗せてもらい、これはいいと喜んでいましたが、途中、象の揺れに酔い、象の背中に吐いてしまいました。ところが象がそれをいやがり、鼻から水を出して汚物が村内さんにモロに返ってきてひどい目に会ったそうです。

こんな状況なので玉音放送など聞くこともなく、8月15日以降も何日かは敗戦を知らないでいましたが、あるビルマ人部落に入ったところ、ビルマ人が「ジャパン、マスター」と言いながら手を挙げるしぐさをしました。万歳をしているのかと思い、日本軍に威光はすごいな、と感じいっていたら、それは降伏の意味を手を挙げるだとわかって愕然としたそうです。
その後、イギリス軍の捕虜になったのですが、そこの収容所長が戦時中、日本軍の捕虜となっていたのですが、その時、日本軍に親切にされていた恩返しだと言って優遇されたとのことです。
1年後の昭和21年7月、鹿児島に上陸して復員しました。

ビルマの戦いで村内さんは3人の戦友と特に親しくなり、戦死したら生き残った者が遺骨を内地に持っていこうと約束しました。村内さん以外の3人は、ビルマの戦いで戦死し、生き残ったのは村内さんだけでした。村内さんは3人の遺骨の一部を飯盒に入れていましたが、負傷して野戦病院に運ばれた時、飯盒ごと紛失してしまいました。
村内さんは、戦後、近くの寺で3人の供養を行い、節目節目の年に一人で供養を続けています。寺の住職から、もうこの辺でやめたらどうかと言われましたが、自分が生きている限り、これからも続けていくと答えたそうです。
ここにも、戦後65年過ぎて、まだ戦争が終わっていない元兵士の姿を見た感じがしました。
全国キャラバン「夏の陣」番外編のもう1つのチーム、「先遣隊改め殿(しんがり)」も、9月20日(月・祝)に帰還していました。
事務局とのやりとりは、その日の夕方「高速が混んでいるから降りたらまったく進まなくなりました」というところで終わっていたのですが、メンバーの書いている文章から、なんとなく様子がわかりました。その日、21:00過ぎに帰りついていた模様です。
当初3名の方の聞き取りの予定でしたが、ご家族の急病のためキャンセルになった方がいらっしゃったため、わりと空き時間の多い日程となったようです。とはいえ、福井~新潟の長丁場。運転の時間はそれ以上に長かったことでしょう。
空いた時間にはお城見学を入れたり、名物を食したり、旅行としても充実したのではないかと思われます。
証言の内容等は、またメーリングリストに流れると思いますので、そのときにはこちらでも紹介したいと思います。
長旅お疲れ様でした。

全国キャラバン「夏の陣」は、とても暑かった夏の終わりとともに、これで全て終了となりました。
全国キャラバン「夏の陣」の最後となる、番外編が始まっています。
本日9月18日(土)の状況です。

昨夜から、「先遣隊改め殿(しんがり)」として、福井・新潟を回るチームがレンタカーで出発。
今日は福井でインパール作戦に参加された方の聞き取りを行っています。

そして、今朝からは、信州・北陸チームの番外編として、長野での聞き取りも始まりました。
こちらは、2手に分かれて、片方は今後現地でご協力いただける方とお会いしています。
聞き取りには、朝日新聞の方が同行されています。今後新聞掲載があればお知らせします。

短期間ですので、現地からのレポートがどの程度入ってくるかどうか不明ですが、動きがあれば当ブログでも好評していきたいと思います。
9月になっても続いた猛暑も落ちついて、ここ数日涼しくなってきましたが、全国キャラバン隊はまだ「夏の陣」の日程を残しています。
当初7月の3連休に予定していた(直前にキャンセルになった)福井先遣隊が、9月の3連休に復活します。「夏の陣」の本陣及び東東北チーム番外編も終えて、「夏の陣」の大トリとなります。
「先遣隊改め殿」とは、このチームの調整役である保存の会Sさんの命名ですが、ここでも使わせてもらうことにしましょう。(笑)
では、メーリングリストより、日程です。

◆◆◆

9月17日(金)
22:00より東京発~東名高速道路~名神高速道路※途中のSAにて仮眠

9月18日(土)
午後2時:福井県今立郡池田町の証言者の方(インパール)のご自宅にて取材
◎体験者の方の最終所属:
 陸軍 野砲兵 ビルマ派遣軍 野砲21連隊(祭7378)4中隊
夕方:鯖江~東北自動車道~上越市に夜着~今日の反省会と明日の取材の作戦会議

9月19日(日)
午前9:00:柏崎市 軍の経理経験あり
午後14:00:柏崎市 昭和16年~ 中国 第2師団
夜:新潟県上越市着~今日の反省会と明日の取材の作戦会議

9月20日(月)
高田駐屯地内の資料館見学(祝日でも開いていれば)などなど
午後~関越自動車道~21:00までには東京着

◆◆◆

信州・北陸チームで回りきれなかった地域を回るため、福井~新潟という長距離ドライブです。
現在のところ、参加メンバーは、運転手を含めて3名だと思われます。
ガソリン代・宿泊費が割り勘のため、もう1~2名入ると助かるかんじです。
夏の終わり~初秋の日本海側ドライブを兼ねて参加してみよう、とお考えになりましたら、戦場体験放映保存の会事務局までお問い合わせの上、一度戦場体験史料館にご来館ください。

戦場体験放映保存の会事務局
住所:〒114-0023 東京都北区滝野川6-82-2
    戦場体験史料館
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