あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
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次回の拡大事務局会議は2月25日(日)です。
通常通りなら、13:30開始で2時間ほどです。

今のところまだ保存の会事務局からのメールは出ていないので、正確なところはそれを待ってからということになります。
と、10日前にも書きましたが、まだメールが回っていません。
何かでひっかかっているのか、別の用事で手が回らないのか。
ともかく、1週間前は過ぎたので、こちらとしてはもう一度書いておく時期です。

3月18日が総会なので、今日の時点ですでに1ヶ月は切っており、3月は総会前に会議をしない可能性が高い気がします。
総会の次の週は沖縄キャラバンの予定なので、そうなると次の会議は4月かも。
ということで、わりと今度の会議、総会前後に必要な決定をしておかねばならない会となるように思います。
沖縄キャラバンの話が出るかどうかはしかし微妙です。どちらかというと、5月に沖縄でイベントをやるかも、という話は出ると思います。

総会の議案がそれなりに見えてくるはず、と思っていますので、提案のある方は今度の会議までにぜひ。
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昨日、送迎だけのはずが話の誘導を頼まれたことで、考えたことについて。
送迎自体についても、うすうす感じていながら大きな道まで出てやっぱりタクシーがなかなか来なくてへこんだというのもありましたが。(行きは合流前に乗り場をチェックしていたのですが。エスコート不十分だとへこむのです)

相手の学生さんたちがどのくらいの知識を持っているのかというのもわからない状況なので、体験以外の当時の中国の情勢や、徴兵検査が19歳に引き下げられた辺りの話が入っても流しました。
最初の地図の説明で、一度歩いた工程を話してからエピソードを話すという説明を自らされたので、その前のちょっとした打ち合わせが伝わったのかと思っていたのですが。
話し始めてみると、さあようやくエピソードに行くか、と思ったらそこからまた一般的な話に戻るということを繰り返す流れで。それが確実に3回はありました。
前からこうだったんだろうか、と思っても、そんなに前のことは意外と知らないことに気づき。
ただ、11月の茶話会のときとは、脱線のパターンが違っていて、歳とともにどんどん回りくどくループするようになってくるものなのだろうか?それがけっこう短期間で進行するのだろうか?と思いました。

といいつつ、私も、これまでお話の中で聞いていないと思った背景などの部分は多少そのまま話してもらおうと思ったのもありました。保存の会のカメラも回っていたので。
印象に残るエピソードが3つ4つあるのですが、その時系列がこれまで何度か聞いていてもいまひとつつかめていなかったので、その辺の話がご本人の口から出るのならそれは記録しておこうというのがあったもので。
これは、何度か聞いているから出てくる発想ですね。
結局、全てが長引きすぎてよくわからなかったという状況になったわけですが。

何度か話すうちに出てくる新しい事実もあったりするので、その辺は常に探るというのはありますし、エピソードのみを語ってもらうということも、外野としては望むけれどご本人としてはそうでもないのかなというところもあります。
30分ぐらいで一通り経歴を話して残り30分でエピソード、とか、考えますが、それがうまくはいかないし、もしかしたらうまくいかせようというのが実体験をよくわかっていないということかもしれないし。
すっきりわかりやすく、とはいかないということまで含めて戦場体験の語りなのかと思い始めるともうだめなんだろうなと思います。

そういうわけで、正直私は仕切りは下手なほうです。
東京の茶話会の前、「もう、テーブルに着くのは無理」と思いました。ただでさえスタッフ不足でやらざるを得ないからやって、だからそのままフェードアウトとはならなかったのですが。
ずばずば仕切るというのは、自分はどんどんできなくなりそうな気がしています。
しかし、体験者の方も、伝わる話し方というものはイベントなどで会得していかれるものだとしたら、誘導してこうするのがよいというのを示すことも大切なのでしょう。

個人的には、かかわりが長くなってくるごとに、思い切りというものはすり減っていくものなのかもしれないと思うのですが、もともとがそうでどうにかましになったり戻ったりしているだけなのかもしれないとも思います。
学生さんたちが戦場体験を聞くという集まりに、体験者の方の送迎に行きました。
はい、送迎に、行きました。
事情をあまりよく知らずに、三鷹の駅から公会堂までの往復をタクシーで送迎するというミッションで行ってきたのですが。
もうお一人の体験者の方のとき、保存の会メンバーが仕切っていたため、私もそれを期待されたような形になり。
無茶ぶりに挑んでみたものの、あえなく撃沈しましたわ。
ぐるっと回って話がそこに行くかと思ったらまた外れていくので、「ええっ?」というかんじでした。11月の茶話会の時もそういうところはあったので、その辺の話は少な目でこのあたりの話を大目で、というのをあらかじめ伝えたにもかかわらず。
私としては、いろいろな意味で考えるひとときでした。

この集まり自体は、学生さんだけでなく、OBなのか社会人の人が仕切っていたようでした。
勉強会というか、ゼミのようなものだったのでしょうか。
詳細はまた来週にでも聞くとしましょう。
前の時間を仕切っていたメンバーは、体験者の方を送って戻ってきて、最後まで参加するようでした。
学生さんたちはお話のあと、振り返りを含めてディスカッションなどやったのだと思います。
私はまた体験者の方を送って、そのまま帰りました。
どういう展開になったのかも、また来週にでも聞いてみることにします。
立て続けに、昔のことを思い出して書いてみました。
実際、ちょうど時期が時期でふと思い出した高校時代のことがきっかけですが、その気になればいろいろ出てくるものです。

さて、こちらをお読みの皆様には、そういうことはないでしょうか?
今から思えば、あれは大戦の名残だった、というようなことが思い当たりませんか?
あの頃はあったけど、今はお目にかからなくなったと気づくものはないでしょうか?

正直なところ、これをやるとしたら本当に最終段階なのかもしれないと思いますが、フライングでやっても悪くはないはず。
大戦と関係があったのではないかということを、片っ端から思い出してみることを、皆々様にお勧めする、ということを。

全国キャラバン再強化で何をするか?
これまで行っていない場所に行く、これまでやっていないことをする。
そのとっかかりとして、日常の中に何気なくあった戦争の記憶らしきものをとりあえず引っ張り出してみる。
さらにそれをお薦めしてみる。

そんなところです。
まじめな話、戦没者追悼イベントをやっているセクションを調べるというのは有効なのでしょうし、何かしらの戦争の記憶を直接持っている方を探すというのは本来の目的の一つであるわけなので、ここは何でも考えてみるべし、ということにしておきます。
15日ということで、8月15日を連想してみる本日。

地元では、8月15日前後に村(当時)主催の剣道大会がありました。
「戦没者追悼」を謳った剣道大会でした。
奉納試合のようなものだったのでしょうか。
記憶にあるのは中学校ぐらいまでで、高校のときは「受験勉強で真っ黒に」だったので、観に行った記憶があまりない気がします。
30年以上前なので、当時は戦後40年前後。先の大戦はまだけっこう身近なかんじでした。
同じころ、夏休みには、「おじいちゃんおばあちゃんから戦争の話を聞こう」という宿題も出ていました。
そういうわけで、戦没者追悼の剣道大会があることも特に違和感はなかったのでした。

しかし、今は、敗戦直後、米軍占領下では、武道が戦争あるいは軍事色と関連するものとして禁止されたこともあったという知識が入ってきています。
剣道部の顧問の先生やお寺の住職にも戦場体験者がいた当時。
天皇家の写真が各家庭に飾られていた地元。
今から思えば、戦没者追悼で剣道大会を行うことになった背景が気になります。
この剣道大会は、今も行われているのかどうか?おそらく、少子化の影響で、平成の大合併より前になくなってしまったのではないかと思うのですが、今度それとなく聞いてみることにしましょうかね。