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あの大戦から65年。その時兵士だった方々の体験をビデオに残そう。保存の会発全国キャラバン隊の歩み。
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65年前の私たちの戦場体験を放映保存する
元兵士の連絡所


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     戦場体験史料館内・元兵士の連絡所

戦場体験史料館までの道順
内閣府の沖縄戦関係資料閲覧室のホームページが、いつの間にか、内閣府のホームページの中に移動していました。
自分がいつから検索していなかったのかと頭をひねったのですが。
沖縄戦については、わりとちょくちょく調べているのですが、この閲覧室のホームページでよく利用していた「沖縄戦の概要」などは、検索エンジン上、タイトルが変わらないので、移動していても気づかなかったのだろうと思います。

つい最近、目次を確認したい書籍があり、そこの書籍検索を利用しようとしたところ、内閣府の検索窓を利用する形に変わっていて驚きました。
検索がうまくできるのであれば、形が変わっても慣れるだけなので、ともかく目的のものを探そうとしたのですが。
書籍のタイトルをフルで入れても、ピンポイントでヒットはしませんでした。
結局目次の確認はアマゾンでやりました。

漠然と気になるテーマがある場合には使えるのだろうと思いますが、ピンポイントで見たいときには向かないのかもしれない、と思った次第です。
問合せをすれば、案内してもらえるものかもしれないので、ホームページだけで完結しないという使い方をするのがよいのでしょうか。

沖縄県平和祈念資料館の証言ページといい、この界隈は変化が激しいものなのか、そういう時期なのか。
まあ、戦場体験史料館・電子版も、これからしくみを変えたりするので、そういうものなのかもしれません。
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5月の連休の茶話会で、1コマ、証言映像を使った茶話会を行うことを計画しています。
やり方としては、担当者が映像を隅々まで見て把握し、質問が出たらその回答に当たる部分を見せる、というのを考えているようです。証言概要1ページものを配布して、それを見ながらということになるのだと思います。
あるいは、通して体験の全体がわかる部分が20~30分ほどでまとまっているところがあれば、そこを最初に流して、ということになるのでしょう。
状況説明的なところは、直接担当者が答えるということになります。

と、こうやって書いてみて、やっている様子を想像するのがとても難しいです。
おそらく、いきなり質問形式というのは、お客さんにとってハードルが高そうな気がします。
実際の聞き取りも、ご本人があまり自分から話を進められない方だと、いきなり質疑応答で取材することになる場合がありますが、それは「仕方なく」という状況といえる気がします。
やはり、最初に時系列で体験の全体を話していただけるのがありがたいものです。
時系列でのお話がない場合は、どういう時系列なのかを概要で確認しながら、ということになります。
聞き取りの時は、それもわからないので、後でどれがいつ、という質問をして確かめていくわけで、まあ、流れについての質問が出たらそこを見てもらえばいいということになるのかもしれませんが。
こういう質問ができますという、質問候補をあらかじめ挙げておくというのも考えているようですが、それだと、誰がどの質問をするかお客さんに割り振るようなものなので、それでいいのか?というかんじはあります。
ただ、候補として挙がっている分には、映像のどの部分かがはっきりしていてスムーズにそこを見せられる、ということになるのだと思います。
しかし、どういう質問を設定するかも、意外とややこしい気もします。

ということで、いろいろと手さぐりです。
ひとまず、メンバー数人が、それぞれお一人分の映像を選んで、じっくり見てから、どういう形がいけそうかも考えることになるのではないかというところです。
映像利用は、体験者の方が茶話会に出てこられない、初期の中国戦線や激戦地などを補完する意味もあり、必ずしも担当メンバーが直接伺った方ではない場合があります。
そうなると、お話が実際どのように展開したかもまったくわからない状態で映像に触れることになり、史料館・電子版をご覧になる方の感覚には近いけれど、茶話会の形におとしこむのはさらに難易度が高くなります。

茶話会、ただでさえ、いろいろな能力が求められている状況で、さらにやることが増えて、できるスタッフがどれほどいるのだ?と言いたくなってくるのですが。
できない、ということは想定していないのが、保存の会の怖いところで。

・・・とりあえず、自分が担当になる方の戦地についての基礎知識の確認からでしょうか。
当日までに、何をすればいいのか、計画できるところはして、あとはやるたびに過程を残して共有できるようにする、ということになるのか。
少なくとも、私はその途中経過を書いていくべきなのでしょうね。
1月31日(木)に聞き取りがあります。
メーリングリストに流れていましたので、概要について転載します。
参加したい方は保存の会事務局までご連絡ください。
体験者の方のご自宅での聞き取りなので、人数制限があります。

日時:1月31日(木)14:00~
訪問地:東京都渋谷区
◎体験者の方
1922年生まれ
<体験概要>
1943年10月:早稲田大学政経学部在学中に召集(学徒出陣)。
1943年12月:近衛野砲第三連隊に入隊。軍馬の世話に明け暮れる。その後、豊橋予備士官学校砲兵科に入校して士官候補生として訓練を受ける。
1944年12月:輸送船12隻と護衛艦12隻で博多港を出航し、マニラ港経由で昭南島をめざす。途中、アメリカ軍機の来襲を受け、マニラに着いたのは乗船した輸送船1隻と護衛艦1隻だけだった。上陸後にマニラのパサイに滞在。
1945年2月:パサイよりリンガエン湾に移動し、台湾に向けて出航。途中にアメリカ軍機の襲撃を受けたが、船長の機転で沈没を免れ、高雄港に到着後に汽車で基隆の要塞に赴任。アメリカ軍の空襲を何回も受ける。
1945年8月:終戦。約半年後に帰還が決定。
1946年2月:アメリカ軍のLSTに乗船し鹿児島湾に着き復員。
1月26日(土)に、戦場体験史料館で行われる、択捉島の証言の聞き取りについて、メーリングリストに流れていましたので、転載します。
メーリングリストでは、体験者の方のお名前が出ていましたが、どのくらいオープンなのかわからないので、ここではイニシャルにしています。
同行希望の方は、念のため保存の会事務局にお問い合わせください。

◆◆◆

皆様へ

事務所で下記のとおり聞き取りを行うことになりました。

【日時】1月26日(土)13時~
【証言】Yさん(昭和3年生まれ 90歳)
 択捉島出身
 根室空襲で父が死去
 1945年8月28日ソ連軍が進駐、混住状態が続きYさんもソ連軍軍医と同居
 1947年強制退去により島を離れる
  ※公益社団法人 千島歯舞諸島居住者連盟 紹介

以前当会でボランティア活動をしていたKさんが、その後も台湾出身の元兵士、満州の大同学院関係者、アイヌ民族などの聞き取りを続けておられたのですが、今回北方四島出身者の方の聞き取りを始めるそうで、その初回を保存会でご一緒させていただくことになりました。

会では樺太出身の方のお話、北方四島への兵士の方のお話はありましたが、四島の居住民の方のお話は初めてで、混住状態・退去のお話はもちろん、択捉ですから真珠湾の前の管制の様子、日本軍駐留時代といろいろ伺いたいと思います。

事前申し込みは不要ですが、Yさんが早く着かれた場合は時間前でも開始しますので、余裕をもっておこしください。
阪神淡路大震災から24年が経ちました。
20年目のときにも「風化」を懸念する声がありました。それから4年経ち、追悼行事などはさらに減っているようです。
町の灯を見ながら諏訪山公園・ビーナスブリッジで行っていた象徴的な慰霊祭も、今年が最後となるというニュースがありました。
参加者の高齢化のため、まだ暗い早朝の時間帯に集まることが難しくなったためです。
時と場合を選ばない天災は、後々まで苦労を残します。

ただ、このニュースには続きがあり、神戸市内の復興住宅で行われていた早朝の追悼行事をやめる代わりに、復興住宅内で毎月開いている交流会「ふれあい喫茶」を、初めて当日の朝開くことにしたということです。
若い世代に、震災や復興の様子を伝える内容とのこと。

戦場体験者と出会える茶話会を行ってきた目から見て、こうしたお茶会の開催は、喜ばしいことだと思います。
語り合えるということはやはり大切です。
その中には、今後に生かせる内容もあるかもしれません。
というのもありますが、語り合うそのことがやはり重要なのだと思います。
生の声に触れることが続くことが、忘れないためには一番なのです。
それとともに、体験を共有することで、一緒に感じられることもあるものだと思います。

震災の体験者は、基本的に皆さん「被害者」です。
戦争のように、誰かが始めたものではありません。
それだけに、人の力では止められないものですが、その中でできることはあります。

24年という歳月は確かに長いのですが、それでも、当時10歳だった人は、今34歳。若い世代の体験者もたくさんいます。もっと幼いころに体験された今20代の方でも、当時の記憶が鮮明に残っていることがあるのではないでしょうか。
様々な年齢で集まれる場は、つくれるはずなのです。

今日、初めて当日に行われた「ふれあい茶会」は、どうだったのでしょうか。
どういう結果だったとしても、続けていっていただけたら、と、勝手ながら思っています。